51~王都の戦い~

(さて、堂々と見得をきったのはいいけれど……どうしたものか)

 いち騎士の身から王となり前線に出ることがなくなったトランシュだが、日々の鍛錬を欠かさない彼の腕が鈍るということはなかった。
 けれどもこれは相手が悪い、と素直に思う。

(見た目以上のこの馬鹿力……デュラン、いや、それ以上か……?)

 真っ先に思い浮かべたのは親友でもある騎士団長の顔だが、さすがにここまでハチャメチャな力ではないだろう。

 一旦距離を置くと、トランシュは魔術の火球を数発放つ。
 黒騎士には歯牙にもかけない様子で払われ、花が咲くように派手な炎だけが広がり、散った。
 トランシュもそれは予想した上で、炎を目くらましに突っ込み、長剣で斬りつける。

「おっとお! 積極的だな、オウサマ」
「虎穴には入らないと、ね!」
「こういう時は……こっちのがいいか」

 黒騎士は手持ちの大剣を身の丈ほどの大きさから一回り小さなサイズに変形させた。
 どうやら黒い剣は刃のように鋭く硬化させた魔物の皮膚の一部のようで、状況に応じて形態を変えられるようだ。

「わっ、ずるいなあそれ」
「ははは、真っ当な手を使う相手に見えるか?」
「まあそれもそうか」

 軽口を叩きながら、空気は張り詰めたままで。
 一歩間違えればこの化物に一瞬で命を奪われてしまうだろう……だからこそ、表面上は呑気を装って、なるべく焦りを気取らせずに時間を稼ぐしかない。

「せっかく皆が日々綺麗に整えてくれている城内で、あまり暴れたくないなあ」
「こっちは世界のシンボルをまとめて叩き潰せて好都合だがな!」

 この城と英雄王である自分を失うことはアラカルティアにとって数字以上の損失だろう。
 それがわかっているから、黒騎士も城下町からわざわざこちらへ上がりこんできたのだ。

 やられる訳にはいかない……そのためには。

「……そうまでするのは、テラとかいうヤツの命令だから?」
「あ?」
「カカオ達から聞いてるよ。テラは手駒を幾度となく送り込んできたって。そのどれも、自分の命など顧みず与えられた命令を実行するだけの人形みたいだったってさ」

 ぴた、と黒騎士の動きが止まるのを見て、トランシュは内心で笑みを浮かべた。

「君も、そうなのかい?」
「なんだと……?」

 よし、食いついた。
 災厄の眷属……かつて戦った“総てに餓えし者”の欠片だというのなら、その性質はなんとなく想像がつく。

 生物に取り憑き、操り、自らの肉体とする。
 そんな恐ろしくも禍々しい化物の本質は……

「テラの駒なんかじゃなくて、総てに餓えし者の端末でもなくて……君という“個”になりたい……そう思ってはいないのかい?」

 トランシュの脳裏には、ひとりの騎士の姿がよぎっていた。
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