50~襲撃~

 ブオルの肉体を借りた魔物の強さは、桁外れだった。
 ただでさえ騎士団内でも語り継がれるほどの優れた戦士、伝説の騎士団長……その肉体を、取り憑いた魔物が強化しているのだ。
 馬鹿力で通っているデューすらも、相手の剣を受け、その重さに嫌な汗をかくほどで。

「ッハ、そんなもんかよ英雄サマ! 押し負けてんぞ?」
「ピーチクパーチクうるせえよ……借り物の力で偉そう、にッ!」

 ギィン、と重たい金属音を立て、デューの剣が黒騎士の剣を払う。
 剣に帯びた水のマナが、輝く飛沫となって散った。

「おっと」
「あんまりナメてっとそのよく回る舌から切り落とすぞ」
「おお、怖いねぇ」

 余裕の態度を崩さない化物に、デューは歯噛みをする思いだった。
 単純な身体能力でなら、恐らくは負けているのだろう……軽く刃を合わせただけでも、それは感じ取れた。

 後は足りない部分をどう補うか、だが。

(応援は……望めそうもないな。みんないっぱいいっぱいだ)

 いかんせん放たれた魔物の数が多く、無防備な王都はいまだ混乱の最中にある。
 厄介なのは中途半端にダメージを負ったものや、倒したと見せかけて消滅していないもの……肉片ひとつからでも取り憑くことができるそれを野放しにはできず、デューの援護に来られそうな者はいなかった。

「ま、テラに比べりゃまだなんとかなるか」
「まだ萎えねえか、結構結構。だがなぁ……」

 黒騎士はくるり、踵を返す。

「は……?」

 デューほどの者を相手に背を見せる、その行動への違和感は次の瞬間に嫌な予感へと変わった。

 そう、黒騎士が向かった先は。

「やっぱ、壊すならでけえシンボルがいいよなあ?」
「ッ!」

 王都の、世界の中心であるマーブラム城、そして英雄王もそこにいる。
 ブオルが仕えていた先王のモラセスや、もしかしたらブオルの息子であるスタードも来ているかもしれない。

 そんな城を形だけとはいえブオルの姿をしている者に襲撃させるなんて……

「待ちやがれ!」
「誰が待つかよ!」

 と、デューの行く手を阻むように黒い魔物が一斉に湧いて出る。

「ちっ……」
「そこで少し遊んでろ。じゃあな!」
「……っだらぁ!」

 水の刃を力任せにひと薙ぎすると魔物は消し飛ぶが、その僅かな間に黒騎士の姿は消えていた。

「くそ、人をおちょくりやがって……」
『早く追わねば、皆が危険ですね』
「わかってるって!」

 自分ですら苦戦を強いられるようなあの化物が城内に侵入すれば、どれだけの被害が出るかわからない。

(みんな、無事でいてくれよ……!)

 親友の英雄王にその祖父だけじゃない……誰ひとりだって喪う訳にはいかないのだ。
 黒騎士を追って、デューもすぐさま城へと駆け出した。
4/4ページ
スキ