50~襲撃~

 デューが駆けつけた時は、城下町は混乱に包まれていた。

『これは……』
「前と同じだ……災厄の眷属を直接送り込むなんてな……くそっ、やっと元通りになってきたのによぉ!」

 住人を追い回す黒い魔物を片手で斬り伏せながらデューは辺りを確認した。
 まばらだが、既に魔物の対処にあたっている部下達の顔と名前、所属を脳内で照らし合わせる。

「お前ら、こないだ用意した腕輪は装備してるな? シュトーレン隊は貴族街だ! プティフール隊は西区、ズコット隊は東、エンガディナー隊は南の救援に向かえ! 黒い魔物は再生能力が高い! 一騎討ちを避け、協力して一体一体確実に潰すんだ!」

 その一声で騎士たちがパッとそれぞれの持ち場に散っていく。

「デュー!」

 入れ替わりに駆けつけた人物の顔を見て、デューは少しだけ安堵した。

「ミレニア、オグマもいたか。お前らも騎士団の援護に向かってくれ!」
「ああ、わかっている!」

 名工が作った、大精霊との契約がなくとも浄化の力を得られる腕輪。
 前回の事件から再び持ち出されたそれは、災厄の眷属に対抗する手段となるのだが、契約者ほどの力は出せない……つまり、対抗はできるが決定打に欠ける。
 逆にデュー達の場合はいくら強力でも人数が足りず、隅々まで目が行き届かない……住民を守りきるには、騎士団の力も必要なのだ。

『……嫌な気配がしますね』

 仲間たちも手分けして動いたのを確認して、騎士団長に寄り添う水精霊が呟いた。

「ああ。肌がピリピリしやがる……今回はただの様子見じゃねえってこったな」
『あの醜悪な道化師ではありませんが、魔物の群れを束ねる者がいるようです』

 よほど嫌悪しているのか、その存在を話題に出すだけで美しい顔を一瞬歪める大精霊、水辺の乙女。
 と、そこに別の足音が近づいてきて、ふたり同時に振り返る。

「水色の髪のおっさん騎士……お前がこの時代の騎士団長、そして英雄サンかい?」
「ブオル子さん……じゃねえな。誰だ、アンタ」

 現れた人物にデューの声が一段と低くなる。
 黒い鎧を纏ったブオルによく似た人物……彼の禍々しい、そしてデュー達にとっては懐かしくもある気配は、災厄の眷属のものだ。

「へえ……“コイツ”とも知り合いか。“俺”の能力、わかるだろ?」
『生き物に取り憑き、肉体を操る……』
「まあ正確には生きちゃいないんだがな。コイツはただの抜け殻さ。ほんの少しだけ、未来のな」

 取り憑いた魔物はどうやらおしゃべりな奴らしく、ぺらぺらと得意げに話した。
 デュー達の知るブオルは熊のような図体でも温和で優しげな男だったが、目の前にいるそれはニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

『彼が過去の人間であることを利用して、肉体を手に入れて駒としたのですね』
「そ。んでもって愛する王都に里帰りさせてやったってワケさ。手土産つきでな」

 襲われる人々の悲鳴が飛び交う王都の城下町。
 その瞬間、水辺の乙女は隣からぶち、と何かが切れる音を聴いた気がした。

「……もういい。わかった」

 常人ならば両手で扱う幅広の大剣を片手で軽々と振り回すと、その柄をしっかりと握り直すデュー。

「テメェは今すぐブッ倒すッ!」

 咆哮ともとれる声に呼応して、彼の周辺に水煙が巻き起こった。
3/4ページ
スキ