50~襲撃~

 王都の貴族街、ティシエール亭の近くに佇むひとまわり小さな屋敷。
 遠くアラカルティアの誕生からフェンデの名を継ぐそこは、メリーゼが暮らす家だ。

 その、一室にて。

「よう、起き上がれるようになったか」

 フロスティブルーの髪を微風に揺らし、顔を出した壮年の男性。
 王都騎士団の団長であり、二十年前の戦いで英雄となったデュー……デュランダル・ロッシェが、手土産のケーキを持って訪ねた相手は、

「ああ、すまんな……お前も忙しいだろうに」
「なに、美人の見舞いはオレにとっては癒しだからさ」

 ベッドから上体を起こして微笑む紺青の髪の、デューと同年代の女性……メリーゼの母でデューの仲間でもある、ダクワーズだった。

「ミレニアに言いつけるぞ」
「そのミレニアには『ほどほどにしないとランシッドに睨まれるぞ』って言われたけどな」

 デューの返答に目を瞬かせ、苦笑いをするダクワーズ。
 かつて騎士として剣をとった時は鋭い光を宿していた黄金の隻眼は、今は少し柔らかい印象を浮ける。

「……それでダクワーズ、足は大丈夫か? 怪我した時のこと、少しは思い出せそうか?」
「…………」

 ふ、とダクワーズの表情が曇る。
 人々を守る剣となる道を選んだ彼女が不本意にもこうしてじっと寝込んでいなければいけないのは、少し前に任務中の彼女を襲った“事故”のためだ。
 つい最近まで最前線で人々を守っていた彼女は、現在は支えなくしては歩くことができなくなっている。

「……何があったかはわからないが、一度意識を失った私は気がついたらベッドの上だった。事故のショックだろうということだが……」
「肝心なところがスッポ抜けちまってる、か……それなんだけどな、ダクワーズ……」

 道化師のような格好をした女や“テラ”という名に覚えはあるか?

 デューがそう切り出すと、彼女の瞳に再び刃の鋭さが宿る。

「……それが、今現在ランシッド様やメリーゼ達が立ち向かっている脅威の名か?」
「お前、知って……」
「いや、私には何も知らされていない。ランシッド様も、ご丁寧に感覚共有を遮断しているからな。ただ、それが逆に不自然だった……それに、今の状況は明らかにおかしいだろう?」

 寝込んでいてもそれなりに情報は入ってくるしな、とダクワーズは目を伏せる。

「総てに餓えし者、災厄の眷属……あの名を再び聞くことになるとはな」

 精霊と契約した人間は、互いの感覚を共有することが可能だ。
 それをわざわざ断ち切っているということは、自分に知らせたくないことがあるのだろう……負傷した、足手まといの自分などには。

「ダクワーズ、ランシッドは……」
「わかっている。これがあの方の優しさなのだと……悔しいが、今の私では共に旅をすることはできない」

 俯く彼女にデューもかける言葉が見つからず、しばし時が止まる。

 そんな時だった。

「……?」
「なんだ、騒がしいな……」

 二人の耳に、外のざわめきが届く。
 日頃は静かな貴族街に不釣り合いなそれに、次第に悲鳴が混じり、二人は顔を見合わせた。

「こりゃ只事じゃねーな……わりぃ、ちょっと行ってくる!」
「あっ、デュー!」

 言うが早いかデューはダクワーズの元を離れ、部屋を飛び出した。

「……歯痒い、ものだな……」

 本来ならば真っ先に突撃していたであろうダクワーズは、思うように動かぬ己の体にぐっと歯を食いしばった。
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