49~眠れない夜に~
『記憶を消せば、君は君の死について知らない状態に戻る。何もかもなかったように、普段通りの生活に戻れる。家族のもとへも……』
時空の精霊は抑えた声音でブオルに説明する。
彼の力なら問答無用で実行できただろうそれをしないのは、彼なりの誠意か、それとも……
『戦力不足だったとはいえ、迷いこんで巻き込まれただけの君に随分頼ってしまった。君が過去の人間であること、それにテラのやり口を考えたら、こういう事態も有り得たのに……』
すまない、と沈痛な面持ちで頭を下げるランシッド。
しばし、ブオルは考え込むように俯いた。
「……記憶を消す、か。ランシッド様……俺の、あいつらの旅は、何も残らないんでしょうか?」
『え?』
「テラを倒して、歴史を修正したその後は? 歪められていた歴史は正される。それなら、この旅のことを知っている者は……俺どころかカカオ達含め、誰もいなくなるんじゃ?」
ブオルから返ってきたのは、都合良く利用されていきなり帰されることへの怒りでも、まして帰れる喜びや未来の死を忘れられる安堵でもなかった。
『そう……なるだろうね』
過去から来たブオルには知ってはいけないことが多かったため、全てが終われば記憶を消す、と最初から話してあった。
けれどもテラの時空干渉が世界中に影響を及ぼして、未来の人間も絡んでいる今は、カカオ達だって例外ではない。
「じゃあ、ランシッド様は? 歴史を修正した本人もそれを忘れちゃうんですか?」
『あ、いや……そうか、そうだね、俺は例外だ。今後このようなことが起きないためにも、むしろ俺は覚えてなきゃいけない……って、なんでそんなことを聞くんだい?』
「……それを聞いて少し安心しました」
ふ、とブオルが微笑み、そして……
「ランシッド様、ひとつお願いがあります」
『お願い?』
「あいつらの旅を……ここにいたこと、どんな道を歩いたか、どんな風に未来を切り拓いていったか……その戦いを、どうか覚えていてほしいんです」
始まりは許されざること、修正されるべき歪みからだった。
それでも、カカオ達が決意し、旅立ち、本来なら有り得ない出会いをして成長していったこの旅を、なかったことだと否定したくはなかったから。
そうブオルが笑うと、ランシッドから特大の溜息が吐き出された。
『どこまでお人好しなの……てっきり、自分の死のことで怯えていたんだと思ってたんだけど』
「怖いですよ、今だって。正直、次にあいつと対峙したらまたブルっちまうでしょうね」
でも、と続けるお人好しは、それでも灯の消えていない瞳で、
「……いい子ばっかりだからな。あいつらに“俺”を討たせる訳にゃいかないでしょう」
自分のことは自分で始末をつけますよ。
そう、己の覚悟を告げるのだった。
時空の精霊は抑えた声音でブオルに説明する。
彼の力なら問答無用で実行できただろうそれをしないのは、彼なりの誠意か、それとも……
『戦力不足だったとはいえ、迷いこんで巻き込まれただけの君に随分頼ってしまった。君が過去の人間であること、それにテラのやり口を考えたら、こういう事態も有り得たのに……』
すまない、と沈痛な面持ちで頭を下げるランシッド。
しばし、ブオルは考え込むように俯いた。
「……記憶を消す、か。ランシッド様……俺の、あいつらの旅は、何も残らないんでしょうか?」
『え?』
「テラを倒して、歴史を修正したその後は? 歪められていた歴史は正される。それなら、この旅のことを知っている者は……俺どころかカカオ達含め、誰もいなくなるんじゃ?」
ブオルから返ってきたのは、都合良く利用されていきなり帰されることへの怒りでも、まして帰れる喜びや未来の死を忘れられる安堵でもなかった。
『そう……なるだろうね』
過去から来たブオルには知ってはいけないことが多かったため、全てが終われば記憶を消す、と最初から話してあった。
けれどもテラの時空干渉が世界中に影響を及ぼして、未来の人間も絡んでいる今は、カカオ達だって例外ではない。
「じゃあ、ランシッド様は? 歴史を修正した本人もそれを忘れちゃうんですか?」
『あ、いや……そうか、そうだね、俺は例外だ。今後このようなことが起きないためにも、むしろ俺は覚えてなきゃいけない……って、なんでそんなことを聞くんだい?』
「……それを聞いて少し安心しました」
ふ、とブオルが微笑み、そして……
「ランシッド様、ひとつお願いがあります」
『お願い?』
「あいつらの旅を……ここにいたこと、どんな道を歩いたか、どんな風に未来を切り拓いていったか……その戦いを、どうか覚えていてほしいんです」
始まりは許されざること、修正されるべき歪みからだった。
それでも、カカオ達が決意し、旅立ち、本来なら有り得ない出会いをして成長していったこの旅を、なかったことだと否定したくはなかったから。
そうブオルが笑うと、ランシッドから特大の溜息が吐き出された。
『どこまでお人好しなの……てっきり、自分の死のことで怯えていたんだと思ってたんだけど』
「怖いですよ、今だって。正直、次にあいつと対峙したらまたブルっちまうでしょうね」
でも、と続けるお人好しは、それでも灯の消えていない瞳で、
「……いい子ばっかりだからな。あいつらに“俺”を討たせる訳にゃいかないでしょう」
自分のことは自分で始末をつけますよ。
そう、己の覚悟を告げるのだった。