48~亡霊~

「あはははは! そうよそれそれ、そのカオが見たかったのよ!」

 突然の衝撃に頭が追いつかない一行の目の前で、空間が派手に裂けた。
 耳障りな笑い、忘れようもない声は、まぎれもなく宿敵テラのものだ。

『そんなっ……俺の、時空の精霊の作り上げた隔離空間に干渉するなんて……!』

 驚愕を隠せないランシッドを嘲笑うかのように、難なくするりと登場した道化師の女性……自らが喰らった時の女神の姿を借りた化物、テラ。

「未熟で契約者もいない新米精霊の力なんて、ね。どうせねこみみクンから聞いたんでしょう? こっちには時の女神の力があるのよ」
『――ッ!』

 ランシッドは精霊として誕生してからまだ二十年程度で、他の大精霊と比べると行使できる力の制限が大きい。
 痛いところを突かれ、思わず押し黙った。

「お父様……お父様の契約者は……」

 メリーゼがそう零すと、テラの目が彼女を捉え、すうっと細められる。

『……それで、ここで邪魔者をまとめて始末しようって?』
「いいえ。せっかくいいオモチャを手に入れたんですもの……今日は楽しい顔見せタイム。黒騎士ちゃんもようやく馴染んだみたいだし、ね」

 帰るわよ、と主の言葉に従い、黒騎士はブオル達に背を向けて空間の裂け目に消えていく。

「ま、待ちやがれっ!」
「見習い職人のカカオくん、だっけ? 焦らなくてもこっちが飽きるまで遊んであげるわよ。せっかくいいものを見せてあげたのに、この場で終わったらつまらないでしょう?」

 つまりテラは目に見える揺るぎない死の事実を突きつけて、苦しむさまを楽しもうというのだ。

 こうやってわざわざ自ら赴いたのも、揺さぶりをかけるため。

 悪趣味極まりないヤツだ……そう思いながらも、テラとの実力差、受けた衝撃の大きさもあってすぐに動ける者はいなかった。

「あ、そうそう」

 悠々と帰路につくテラは一度だけ振り返ると、ブオルに視線を送り、

「定められた死……未来を知ったアナタが時空干渉しちゃえば、そんなモノ簡単に回避できちゃうわよね?」
「っ!」
「今はまだ考えがまとまらないでしょ。気が変わったらいらっしゃい」

 歓迎するわ、と言い残して今度こそ去っていった。

 直後、役目を終えた空間が消えて元の場所……聖依獣の隠れ里に戻るカカオ達。

「お前達、無事かっ……!?」
「……いや、何かあったよーじゃの。戦闘は終わったよーじゃが、これは……」

 すかさず駆け寄ったシュクルと、のっそり現れたムース。
 彼らから見てもわかるほどに、カカオ達の周りの空気は変わっていた。

 強敵と戦った傷もあるが、中でもブオルとランシッドが心に受けたダメージは大きい。

「いろいろあったわ……いろいろ、ね」
「ああ……とりあえず、どこかで休ませてもらえねーか?」

 とにかく今は落ち着いて、心と身体を休めよう。
 見るからに元気をなくしたブオルに、仲間たちの心配そうな視線が集まった。
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