最初の小さな呟き以降、侵入者は一言も発しなかった。
　淡々としながらも振るう斧槍の一撃は強力で、ブオルと並ぶほどの巨体だが動きも決して遅くはない。
　こちらは多人数で同時にかかっているというのに、あらゆる角度からの攻撃にきっちり反応して正確に反撃する……あまりにも無駄や隙のない動きは、その不気味さに拍車をかけていた。

「くらえ！　ボールの雨あられだぁっ！」

　後方にいるモカが背中の箱から大量のボールを発射する。
　ひとつひとつにマナをこめたボールは見た目以上の威力……のはずなのだが、相手を怯ませることすらできない。

「げげ、足止めにもならないじゃん!?」
「相手が悪いな……だが、相手は災厄の眷属。浄化の力が蓄積されればいつかは届くはずだ。今はとにかく攻撃を途切れさせるな！」

　言いながらクローテは衝撃を和らげる守りの術を仲間たちに施す。
　化物染みた腕力を前に大した意味はないのかもしれないが、片時も気を抜けない戦いで、何が生死を分けるかはわからない。

「今度はさっきみたいにはいかぬでござるよ！」

　ガレが低く踏み込み、敵の懐に潜り込む。
　イシェルナ仕込みの近接戦闘術で流れるように打撃を叩き込み、相手が反撃の動きを見せた瞬間に後方に飛び退いた。

「今でござる！」
「いけぇっ！」

　詠唱のタイミングを合わせていたのだろうアングレーズの光の魔術が、ガレの後退から流れを引き継ぐように放たれる。
　咄嗟に右腕でガードした黒騎士の動きを止めるには到らなかったが、下ろした腕からは僅かに煙が出ていた。

「続けていくぞ、メリーゼ！」
「はいっ！」

　次いで、カカオとメリーゼも連携に加わる。
　速さと鋭さを増したメリーゼの剣には、前もってカカオが風精霊の力を加えている。
　ともすれば滅茶苦茶に見えるかもしれないデタラメな速さの斬撃が次々と相手を襲うが、それでも仮面の下の顔は……そもそも、目元ぐらいしかわからないのだが……僅かな動揺も見せず双剣の応酬を捌く。

「くっ、これでも崩れないなんてっ」
「それならアタシも混ぜてよ！」

　さらにこちらもカカオの力で火精霊の加護を与えられたパンキッドが、これまた規則性も何もない獣のような動きでトンファーを振り回す。

(怯まない相手ってのはタチが悪いね……まるで手応えがない)

　それでも、攻撃を重ねていけば少しずつだが相手にも変化が生じてきた。
　メリーゼとパンキッドが同時に打ち込んだ箇所の鎧に、ピシリと音を立てて亀裂が走ったのだ。

「……！」
「へっ、ようやくかい！」

　だが、その隙を逃すものかとパンキッドが更に一撃を繰り出したその時。

「うわ、っ！」
「パンキッド！」

　ふたつのトンファーが手から落ち、カランと音を立てた。
　黒騎士が彼女の腕を掴み、そのまま高く持ち上げてしまったのだ。

「くっ、このっ、はなせ！」

　大柄な化物からすればパンキッドの体など軽いもので、もがく少女の抵抗をものともせず、虚しく足が宙を蹴るのみであった。