47~再び、聖依獣の里~

「おー、久しいのお」

 間延びした声が上から降ってくると同時に、大きな影が覆い被さる。
 大柄なブオルよりもさらに一回りもふた回りも巨大なモップ……否、毛の塊……ではなく。

「ムースどの!」
「むーちゃんじゃよ。気さくに呼んでくれて良ーいぞっ」

 長い耳に表情もわからないくらいの長毛、老齢の雰囲気をもつもふもふの犬が何かの間違いで巨大化したみたいな生き物。
 彼こそが聖依獣の長、ムースである。

「なるほど、モラセスひいおじいさまがいつも言っていた“毛玉爺”……!」
「あぁン? なんじゃあこの若僧は? あの髭爺の曾孫かァ?」

 毛を逆立てるムースとそれを見上げるシーフォンの間にすかさず割って入ったパンキッドが、王子の頭をひっぱたく。
 すぱーんと、小気味良い音が聖依獣の里に響き渡った。

「こら、シーフォン! 会っていきなりその言い方はないだろ!」
「痛いな、君こそ無礼だぞ。僕はひいおじいさまの呼び方をそのまま言っただけだ!」
「よいよい、からかっただけじゃ。むーちゃんの心はひろーいんじゃよ」

 ムースは笑いながら長い耳をびろーんとのばして広い心を示して見せる。

「聖依獣の隠れ里自体もだけど、初めて来た時こんな見た目も中身も濃いキャラをスルーしてたんだね、ボク達……」
「それがしが言うのもなんだが、本当に余裕がなかったのでござるなあ……」

 魔物の襲撃を受けた里で、住民の避難をさせながら戦って、テラまで現れて……
 つい最近のような、もうだいぶ前の出来事のような気がする。

「あの時ゃ確かにゴタゴタでそんな余裕なかったからのー……」

 と、咳払いをひとつして空気を変えるムース。
 長い毛に隠された奥の目が、鋭い眼光を宿したように見えた。

「この里を、そして世界の危機を救ってくれたこと……“英雄”たちよ、改めて礼を言うぞ」

 その声色は先程までとは違い、長き時を生きた聖依獣の長たる威厳を漂わせて。

「世界の危機を救ったって、テラはまだ……」
「いや、既におぬしらは一度救っとるよ。結界の巫女カミベルを」

 ムースの言葉に何人かはマーブラム城で聞いた話を思い出した。
 かつては地面の下から生物を蝕む有毒の気……障気が出ていたこと、そして結界の巫女がそれを防ぎ続けていたことを。

「彼女の結界が総てに餓えし者の障気からアラカルティアを守り続けていたんじゃから、彼女を守ったことは世界を救ったのと同義じゃ」
『さすがにばっちり覚えられちゃったか……あんま過去に影響あったらまずいんだけどなぁ』
「この場合世界が滅ぶよりマシじゃろ。カタイこと言いっこなしじゃよ、ランちゃん」

 テラの干渉もいい加減無視できないレベルまできている中で、今更だろうとムースは言う。

 過去への時空干渉だけではなく、現代に現れて再び恐怖をばら撒く災厄の眷属……事態は、もはやこの世界を完全に巻き込んでいるのだった。
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