45~異世界に降りた災厄~
「テラの口から語られた話がどこまで真実かはわからないでござるが……」
『いえ、少なくとも“英雄”に対する異常なまでの激しい憎悪には納得がいきました。倒されて封印されて……自分の存在を否定されたから、でしょうね』
デューについていた水精霊が自らの考えを述べる。
最初に英雄と戦うことになった詳しい経緯まではわからないが、危険な存在だと言われ英雄に倒された化物は少なくともその世界では“悪”と見做されたのだろう。
失われた世界、奪われた命……現在までの行いを思えばもはや許されるものではない。
それでも「そんなことで」と一言で切り捨てるのは難しい動機だ。
『空から落ちてきて、人々の脅威となった……それだけ聞くと“総てに餓えし者”と同じだな』
「そうなのかい、精霊王?」
『ヤツは遥か昔……ランシッドの生きていた時代に空から落ちてきた災厄だ。生物に取り憑いて操ることもできるが、生物を喰らい、その力と姿を我がモノにする能力もある』
『封印されていた長い間に英雄を憎み続けていた、というのもね。総てに餓えし者の力の源は、負の感情さ』
デュー達二十年前の英雄が倒した災厄、総てに餓えし者はそもそも遠い過去の時代に現れたものだった。
そしてテラ同様に一度は封印されたが、気の遠くなるような長い年月をかけて弱まった結界の隙間から少しずつ眷属や障気が漏れ出てきて、最終的には復活したのだ。
ふたつの時代の当時を知る精霊王とランシッドは、若者達にそう説明した。
「封印が破られたのは時と共に弱まっただけではなく、テラが己の負の感情で力を高めていたのかもしれぬのう」
「そんなことって……うっ!」
と、それまで話を聞いていたアングレーズが突然頭を押さえて顔を歪める。
「どうしたんだい?」
「だ、大丈夫、ちょっとなにか“視えた”だけ……」
「視えた?」
戸惑うシーフォンにアングレーズが未来を予知する能力をもつパスティヤージュの神子姫であることを説明するモカ。
旅先で会ったフィノもそうだったろ、とデューが補足した。
「パスティヤージュの神子姫……話には聞いていたけど……」
「それで何が視えたの?」
「…………」
アングレーズは険しい顔をして俯き、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと形の良い唇を動かす。
「……具体的には、わからないわ。けれども嫌な予感だけはハッキリしているの。これから先になにか……」
ちら、と彼女の視線がブオルとかち合い、そこで意味ありげに止まる。
「俺、か……?」
「おじさま、気をつけて……どす黒い悪意が、あなたを……」
きょとんとしていたブオルの表情が、途端にぎゅっと引き締まる。
「……大丈夫、大丈夫だ。俺はそんなものなんかに負けやしない」
青白い顔をして震えるアングレーズの肩にそっと手を置いたブオルの声音は優しげで、けれども自らに言い聞かせるようで。
彼自身も不安を感じずにはいられないだろう、その上で。
「どす黒い悪意、か……そんなものを感じ取ってしまって苦しかったろうに、しらせてくれてありがとな。アングレーズ」
不吉な予知をしてしまった神子姫に、大丈夫、大丈夫と何度も繰り返した。
『いえ、少なくとも“英雄”に対する異常なまでの激しい憎悪には納得がいきました。倒されて封印されて……自分の存在を否定されたから、でしょうね』
デューについていた水精霊が自らの考えを述べる。
最初に英雄と戦うことになった詳しい経緯まではわからないが、危険な存在だと言われ英雄に倒された化物は少なくともその世界では“悪”と見做されたのだろう。
失われた世界、奪われた命……現在までの行いを思えばもはや許されるものではない。
それでも「そんなことで」と一言で切り捨てるのは難しい動機だ。
『空から落ちてきて、人々の脅威となった……それだけ聞くと“総てに餓えし者”と同じだな』
「そうなのかい、精霊王?」
『ヤツは遥か昔……ランシッドの生きていた時代に空から落ちてきた災厄だ。生物に取り憑いて操ることもできるが、生物を喰らい、その力と姿を我がモノにする能力もある』
『封印されていた長い間に英雄を憎み続けていた、というのもね。総てに餓えし者の力の源は、負の感情さ』
デュー達二十年前の英雄が倒した災厄、総てに餓えし者はそもそも遠い過去の時代に現れたものだった。
そしてテラ同様に一度は封印されたが、気の遠くなるような長い年月をかけて弱まった結界の隙間から少しずつ眷属や障気が漏れ出てきて、最終的には復活したのだ。
ふたつの時代の当時を知る精霊王とランシッドは、若者達にそう説明した。
「封印が破られたのは時と共に弱まっただけではなく、テラが己の負の感情で力を高めていたのかもしれぬのう」
「そんなことって……うっ!」
と、それまで話を聞いていたアングレーズが突然頭を押さえて顔を歪める。
「どうしたんだい?」
「だ、大丈夫、ちょっとなにか“視えた”だけ……」
「視えた?」
戸惑うシーフォンにアングレーズが未来を予知する能力をもつパスティヤージュの神子姫であることを説明するモカ。
旅先で会ったフィノもそうだったろ、とデューが補足した。
「パスティヤージュの神子姫……話には聞いていたけど……」
「それで何が視えたの?」
「…………」
アングレーズは険しい顔をして俯き、やがて言葉を選ぶようにゆっくりと形の良い唇を動かす。
「……具体的には、わからないわ。けれども嫌な予感だけはハッキリしているの。これから先になにか……」
ちら、と彼女の視線がブオルとかち合い、そこで意味ありげに止まる。
「俺、か……?」
「おじさま、気をつけて……どす黒い悪意が、あなたを……」
きょとんとしていたブオルの表情が、途端にぎゅっと引き締まる。
「……大丈夫、大丈夫だ。俺はそんなものなんかに負けやしない」
青白い顔をして震えるアングレーズの肩にそっと手を置いたブオルの声音は優しげで、けれども自らに言い聞かせるようで。
彼自身も不安を感じずにはいられないだろう、その上で。
「どす黒い悪意、か……そんなものを感じ取ってしまって苦しかったろうに、しらせてくれてありがとな。アングレーズ」
不吉な予知をしてしまった神子姫に、大丈夫、大丈夫と何度も繰り返した。