序章~乱される調律~
「お前は未熟なんだから、そう簡単に高等技術を教えられる訳がないだろう」
ふいに背後からかけられた涼やかな声。
カカオが振り向くと、どちらも騎士服に身を包んだ、銀髪をみつあみにした少年と青髪に左右で色の違う目をした少女が工房の入口に佇んでいた。
「クローテ、メリーゼ……来てたのかよ」
クローテと呼ばれた少年の方は華奢で繊細、中性的な見た目をしているが何より特徴的なのは顔の横にあるうさぎのような長い耳と、ふさふさの短い尾。
彼の父は人間だが、母は聖依獣という種族で、そのほとんどが人目に触れない隠れ里に暮らしているため、彼のような狭間の子は珍しい。
「任務で近くに来たついでに寄ったんだ」
「たまにはカカオの顔でも見てやろうって、クローテ君が言い出したんですよ」
くすくすと笑うメリーゼにクローテが不服そうに睨む。
クローテと並ぶと少しお姉さんに見えるメリーゼは、少し跳ねた長い青髪に、片方は金、もう片方は赤という変わった色合いの目をしている。
凛とした面立ちの美少女だが、その表情は豊かで微笑むと控え目な花が綻びを見せるような印象を与える。
彼女は剣士らしく腰に提げた二振りの長さが違う剣とは別にもう一本、柄に大きな石を飾った短剣を身に付けていた。
二人はカカオを年長にひとつずつ歳が違う幼馴染みである。
「また大きくなったなあ、二人とも。どうだ? スタードの奴は元気か?」
「元気……とは、あまり言えませんね」
「なんでえ、あいつのおふくろなんか今のあいつの年頃でもバリバリだったぞ」
スタード、とはガトーの友人で、クローテの祖父にあたる人物だ。
二十年前に世界を救った英雄の一人だが、八十も近い今は屋敷で静かに日々を過ごしているようだ。
「それに何より、あいつより年上のどっかのバカがめちゃめちゃ元気だって話だろ?」
「あー……百まで生きそうっつかもはや妖怪だよなあ、あのじーさん……」
「カカオ!」
ガトーが言う「どっかのバカ」とは、前王のモラセス。
孫に王位を譲って隠居した彼は、心置きなく城下町をぶらついて遊び回っているとかなんとか。
前王を妖怪じーさん呼ばわりするカカオに、クローテは眉をひそめメリーゼも困った顔をする。
「妖怪か、そいつぁいい。だがその妖怪は神出鬼没だから、そんなこと言ってうっかり聞かれちまわないよう気を付けろよ」
「こんな遠くにいて聞こえる訳がないだろー」
「昔はよく、こんな遠くまでひとっ飛びしてたもんだ」
けらけら笑っていたガトーが途中からいかにも本当っぽく言うと、カカオは慌てて辺りを確かめた。
「お、おどかすなよじいちゃん……」
「すぐ真に受けるところが可愛いよなあ、おめえは」
などと、他愛のないやりとりをしたところで。
「……マナの注ぎ方はその時が来たら教えてやるから、心配すんな。もっとも、その時には俺の教えも必要ないかもだけどな」
その言葉は職人の師として、頭を撫でる手は祖父として。
普段の険しい顔からは想像もつかないほどやわらかく笑いかけられると、さすがのカカオも口を噤んで押し黙った。
ふいに背後からかけられた涼やかな声。
カカオが振り向くと、どちらも騎士服に身を包んだ、銀髪をみつあみにした少年と青髪に左右で色の違う目をした少女が工房の入口に佇んでいた。
「クローテ、メリーゼ……来てたのかよ」
クローテと呼ばれた少年の方は華奢で繊細、中性的な見た目をしているが何より特徴的なのは顔の横にあるうさぎのような長い耳と、ふさふさの短い尾。
彼の父は人間だが、母は聖依獣という種族で、そのほとんどが人目に触れない隠れ里に暮らしているため、彼のような狭間の子は珍しい。
「任務で近くに来たついでに寄ったんだ」
「たまにはカカオの顔でも見てやろうって、クローテ君が言い出したんですよ」
くすくすと笑うメリーゼにクローテが不服そうに睨む。
クローテと並ぶと少しお姉さんに見えるメリーゼは、少し跳ねた長い青髪に、片方は金、もう片方は赤という変わった色合いの目をしている。
凛とした面立ちの美少女だが、その表情は豊かで微笑むと控え目な花が綻びを見せるような印象を与える。
彼女は剣士らしく腰に提げた二振りの長さが違う剣とは別にもう一本、柄に大きな石を飾った短剣を身に付けていた。
二人はカカオを年長にひとつずつ歳が違う幼馴染みである。
「また大きくなったなあ、二人とも。どうだ? スタードの奴は元気か?」
「元気……とは、あまり言えませんね」
「なんでえ、あいつのおふくろなんか今のあいつの年頃でもバリバリだったぞ」
スタード、とはガトーの友人で、クローテの祖父にあたる人物だ。
二十年前に世界を救った英雄の一人だが、八十も近い今は屋敷で静かに日々を過ごしているようだ。
「それに何より、あいつより年上のどっかのバカがめちゃめちゃ元気だって話だろ?」
「あー……百まで生きそうっつかもはや妖怪だよなあ、あのじーさん……」
「カカオ!」
ガトーが言う「どっかのバカ」とは、前王のモラセス。
孫に王位を譲って隠居した彼は、心置きなく城下町をぶらついて遊び回っているとかなんとか。
前王を妖怪じーさん呼ばわりするカカオに、クローテは眉をひそめメリーゼも困った顔をする。
「妖怪か、そいつぁいい。だがその妖怪は神出鬼没だから、そんなこと言ってうっかり聞かれちまわないよう気を付けろよ」
「こんな遠くにいて聞こえる訳がないだろー」
「昔はよく、こんな遠くまでひとっ飛びしてたもんだ」
けらけら笑っていたガトーが途中からいかにも本当っぽく言うと、カカオは慌てて辺りを確かめた。
「お、おどかすなよじいちゃん……」
「すぐ真に受けるところが可愛いよなあ、おめえは」
などと、他愛のないやりとりをしたところで。
「……マナの注ぎ方はその時が来たら教えてやるから、心配すんな。もっとも、その時には俺の教えも必要ないかもだけどな」
その言葉は職人の師として、頭を撫でる手は祖父として。
普段の険しい顔からは想像もつかないほどやわらかく笑いかけられると、さすがのカカオも口を噤んで押し黙った。