37~信頼の合図~

 一方。

「ぐう、うう……」
「ほらほら、最初の威勢の良さはどうした?」

 ここにも仲間とはぐれてひとり、無機質な化物と戦う少女がいた。
 しかしこちらの展開は一方的で、彼女は既に苦悶の表情を浮かべ、あちこちに傷を作っている。

(魔術を唱える暇も、びっくりどっきりボックスの装置を使う隙もないし、下手したらその場しのぎにもならない……いちばんやばいパターンじゃん……)

 そう。

 この状況に対処しきれない、一対一を苦手とする者というのはモカのことだった。
 ここまで戦いについて来てはいるものの体術はほぼ素人、魔術こそ得意だが隙の大きなそれは仲間の援護あってこそ唱えられるもの。
 つまり一対一で接近されてしまえば、彼女は他の仲間のようには戦えないのだ。

「仲間がいなければ無力だな。ただ逃げ回るだけなら傷が増えるだけ……そしてこの障気の靄の中で無様に倒れ、誰にも発見されることなく朽ち果てるのがお前の運命だ」
「……痛いとこ突いてくるじゃん」

 ちっ、と舌打ちが漏れる。
 言い返せないのは図星だからで、その事実は早々に受け入れながら、それでも糸口を掴めないかと思考を巡らせていた。

「他人にくっついて強くなったつもりだったか? ひとりじゃ何もできない、足手まといのガキが!」
「足手まとい……」

 モカの脳裏に直近の戦闘が蘇る。
 敵の動きに反応が遅れて、庇った仲間に傷を負わせてしまったこともあった。
 裏づけされた言葉は、小さな体にずっしりと重くのしかかる。

(……それでも)

 ルビーの眼はまだ諦めてはいない。

(思考を止めるな。考えろ、考えろっ!)

 ぐっ、と四肢に力が入る。

「なんだ、その面は?」
「……そうだね。確かにボクは足手まとい。ひとりじゃ何もできないよ。だから……」

 モカはその場で百八十度方向転換し、敵に思いっきり背を向ける。
 そして背中の箱から垂れ下がる数本の紐のうち、鮮やかな青色をしたそれを思いっきり引っ張った。

「それなりに全力で、足掻かせてもらうっ!」

 すると箱の底面の一部がぐるりとひっくり返り、筒状の装置が現れる。

「推進装置にマナを集中! いっくよー!」
「なにっ!?」

 ボ、と箱の下部が火を噴いたかと思えば、その力で前方……化物から離れるように、凄まじい勢いで突進した。

「うわわ、ぶえっ!?」

 勢いは長くは続かず、火が消えた途端に派手に転ぶ羽目になったが、距離を離すことには成功した。

「……いてて、次は安全な停止が課題だなあ」

 次があれば、だけど。

 相変わらず四方が見えない濃霧の中で、モカは眉間にシワを寄せた。
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