34~想い、彼方に~

 ブオルが短い時間旅行から帰ってきてほどなくして、カカオ達も帰還した。

「ただいまー! オグマさん、大丈夫か?」
「ああ、もうすっかり元どおりだ。ありがとう」

 オグマは彼らを安心させるべく、左手を見せてにっこりと微笑みかけた。
 後ろでグラッセが「呑気な面しやがって」と呆れ顔になる。

「良かった……あらおじさま、手紙なんてどうしたの?」

 大男の手の中に大事そうに納められている小さな手紙に興味を示したのは、かつてモカと文通をしていた東大陸の神子姫だった。

「ああ、これは俺の嫁さんがくれたんだ。と言っても直接渡されたんじゃなくてな、屋敷でこの服を見つけた時に添えてあった。書いてあるのは何故か一言だけなんだけどな」
「まあ、見せてくださる?」

 アングレーズはブオルから手紙を受け取ると、便箋に顔を近づけ、目を閉じる。

「この香り……」
「えっ、おじさん汗臭いの移しちまった!?」
「いいえ、違うわ。これはアレね……モカちゃん」
「はいはーい?」

 彼女はモカにこそこそ耳うちをすると、よろしくねと便箋を渡す。

「そんじゃ、いくよー」

 ぼっと音を立ててモカの手のひらから小さな火が生まれ、手紙を炙り始めると、ブオルが驚き肩を跳ねさせた。

「うぉ!? な、なにをっ」
「手紙をよーく見ていて」

 すると便箋の大きな余白に、少しずつ文字が現れていく。

「これは……」
「普段は透明なんだけど火で炙ると色が出てくるインクがあるんだ。よくアンとの手紙で秘密のメッセージ書いて遊んでたよ」
「そのインクは特徴的ないい香りがするの。使ったことのある人ならすぐわかるわ」

 ふたりが説明している間に、文字ははっきり読めるほどに浮かび上がっていた。
 どうぞ、と返されたそれに視線を落として黙読していたブオルの顔が次第に赤くなっていく。

「なんて書いてあるんですか?」
「あっ、愛のめっせえじでござるか!」
「い、いやあ、その……」

 そうこうしているうちにメリーゼや他の仲間も興味津々に集まってきてしまい、皆目を輝かせてブオルを見上げている。

「……はは。さすがに今回は自分で読み上げるのは照れちまうや」

 勘弁してくれと言いながらブオルは手紙を懐にしまった。

「あのラブラブエピソードをいくらでも語れるおじちゃんが、照れて言えないほど……!?」
「ま、そういうこともあんだろ。よくわかんないけどさ」
「ブオルさん、愛されているんですね……」

 少し残念がる面々についには明かされなかった手紙には、こう書いてあった。


――名も知らぬ旅のひとへ。

……などと誤魔化されると思ったか、大根役者め。

 新鮮な衣装は男っぷりが上がって更に惚れ直したが、正体をもう少し隠そうとしたらどうだ?
 あの後たまたま遠方から来た商人が見覚えのある色の反物を売っていたので、お前のサイズで仕立てさせておいた。
 どんな経緯があってあの場に現れたのか、どうしてまたすぐ消えてしまったのか私にはわからないが、きっとよほどの事情があるのだろう。
 どうせお前のことだからお人好しが災いして妙な事件に巻き込まれているんだろうが、お前ならどうにかできると信じている。

 何故ならお前は、私の自慢の夫だから。

 何処にいても、どれだけ離れていても、きっとこの想いは繋がっているだろう。

 遠く彼方より、愛しのブオルへ。


 ホイップ・ティシエール――



「……くそ、また惚れ直したのはこっちだっての」

 ぼそりと呟いた言葉は誰にも届かず……かと思ったが、うっかり聴力の良いふたりに聞かれ、彼らまで赤面させてしまったのであった。

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