33~消えない罪~

 カカオ達がテラの刺客と異空間に姿を消し、森に束の間の静けさが戻ったあと。
 グラッセは守るため腕の中に閉じこめた亜麻色の髪の女性騎士、リィムの顔をまじまじと見つめていた。

「ね、ねえ、もういいかしら?」
「……ああ」

 離れてしばらく、手には彼女のぬくもりが残る。
 グラッセにとっては初めて、直に触れたぬくもり。

(あたたかい……が、それを奪ったのは、他ならぬ俺自身だ。自我がなかったとしても、俺はあれを自分と切り離して捨てることはできない)

 氷晶の迷宮で、それよりも過去で幾度となく斬り捨てた“化物”の醜い姿を思い出し、グラッセは俯く。
 目の前で首を傾げるリィムはまだ、何も知らず生きている……まだ、何も起きていない。
 今から間に合うのなら、過去を変えられるのなら、変えてしまいたい……それが許されない行為だとしても。

「……その目、やっぱりオグマ君を思い出すわ」
「なに?」

 思わず目つきが険しくなったグラッセを見て、リィムは慌てて口許を押さえた。

「ご、ごめんなさい。言われてもわからな……わかりませんよね。私の知っている騎士にあなたが少し似ていて、」
「オグマ・ナパージュ……」
「ご存知ですか?」

 リィムの質問には答えず、少し考えてからグラッセは口を開く。

「……あいつは、お前にとって何だ?」
「えっ?」

 唐突に聞かれたリィムはしばし考えあぐねるが、

「何だ、と言われても……隊が違うので部下ではありませんし、えーと……弟、みたいな」

 やがて出てきた言葉にやっぱりなとグラッセは内心で笑い、そしてこの場にいないオグマに同情した。

「同じくらいの年頃の弟がいるので、つい重ねてしまうんです。でも最近すごく頑張っていて、いろんな才能を開花させていて……彼はきっと、素晴らしい騎士になれます」

 そう語るリィムの微笑みが少し眩しく思えて目を細めるグラッセ。
 すると彼女はその表情の変化から別のことを思い出した。

「あっ! そういえばさっき、私を庇って怪我をしていませんでしたか!?」
「ん、ああ、それは別に……」
「見せてください! ああほら、やっぱり……」

 彼が目を細めたのは傷が痛んだからだと思ったのだろうリィムが手早く治癒術でグラッセの腕を癒す。
 痛みなんてすっかり忘れていたが、みるみる塞がっていく傷口を見て、ああそれなりに痛かったなと今更ながらに思った。

「自分の身を盾にするなんて無茶、いけませんよ。浅かったから良かったものの……」
「……それをお前が言うか」
「え?」

 気づくと衝動に任せて再び彼女を引き寄せ、抱き締めていた。

「あ、あの、」
「……すまない」

 その瞬間、

「おーい、グラッセのおっさん!」
「隊長、終わりましたよ! 帰りましょう!」

 遠くカカオ達の声が聴こえて我に返ったグラッセは大きく息を吐くとすぐにリィムを解放して、何事もなかったかのように呼ばれる方へ向かう。

「……早く持ち場に戻れ。仲間も心配しているだろう」
「ちょっと待っ……きゃっ!」

 と、突風により一瞬目を瞑ってしまったリィムの視界が回復した時、そこには誰もいなかった。

「なにかしら、不思議な人たち……」

 もうじき戦場へと変わるこの森で、彼女は間もなく命を散らすことになるだろう。

「……グラッ、セ」

 その時口にした名前は、彼女の家族でも、騎士団の人間のものでもなかったという。
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