33~消えない罪~

 森に吹く風が、騎士の黒衣をはためかせる。
 俯く水浅葱の憂いを帯びた‎目も、僅かに靡く青褐の髪も、女性騎士……リィム・ティシエールには見知った色をしていた。

(オグマ君……?)

 思わずよぎった名に、リィムは自ら「そんなはずはない」と否定した。
 彼女がよく知るその弟‎みたいな騎士は、目の前の壮年騎士とは年齢も雰囲気もまるで違うのだから。

「貴方は一体……」

 服装からして騎士団の人間なのだろうが、自分もそれなりの年月所属しているはずなのに更に長くいそうな貫禄漂うこの人物をリィムは一度も見たことがなかった。
 遠く辺境の警備に配属されていて王都に滅多に現れない、というのならわからないでもないが……そんな彼女の疑問は、

「あっ、いた! グラッセのおっさん!」

 ふいに割り込んできた声によって中断させられることとなった。

 否、思考に囚われている場合ではないのだ。
 目の前の、明らかに自分を標的にしているらしい奇妙な化物達を倒さねばならないのだから。

「誰がおっさんだ! 来るのが遅いぞ!」

 おっさん……グラッセと呼ばれた男の表情が途端に人間味を帯びたものになる。
 その声はガサガサと葉をかき分けながら現れた若者たちに向けられた。

「こ、今度はなに?」
「また邪魔者か!」

 混乱するリィムに続いて化物も苛立ちをあらわに若者たちを睨みつける。
 こちらは年齢性別、格好と何ひとつ統一感のない集団で、獣の耳や尾を生やした者や巨大な箱を背負った少女までいて……

「……えっと、旅芸人の一座かしら?」

 そう呟けば、茶髪の青年がずっこけた。

「た、旅芸人って……」
『いいんじゃない、それで。さあ、とっておきの手品を始めるよ!』

 どこからかそんな声がしたかと思えば、先程自分を襲った化物が出てきたように、それよりも巨大な穴が宙に開く。
 それは旅芸人の人達も、化物達も、まるごとすっぽり包み込むように開き……

「リィム、こっちだ!」
「きゃ!?」

 現実離れした光景の連続に戸惑うリィムは、黒騎士に強く腕を引かれその中に納まった。

「な、なんなの……?」

 それに、どうして私の名前を?

 何もなかったかのように全てが呑み込まれて消えたあと、唯一この場に残った彼を見上げる藍鼠の瞳。
 この先待ち受ける運命も、目の前の騎士との因縁も知る由もないリィムの胸には、そんな疑問が浮かんでいた。
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