32~変えられない過去~

 この化物は何者なのかはわからないが、状況と口ぶりから自分を狙っていることは確かだ。
 剣戟の音を響かせながら、リィムは思考を巡らせていた。

(助けを呼べる状況ではないし、逃してもくれなさそうね……なら、倒すしかないか。目的がよくわからないけど)

 医療班に所属しながら、彼女の剣の腕は並のものではなかった。
 とはいえ代々騎士を輩出しているティシエール家の基準としては、並のものになってしまうのだが。

「ただの回復役が、なんでこんなに戦える……聞いてないぞ!」
「おあいにくさま、腰の剣は飾りじゃないの。騎士たるもの自分の身は自分で守れなきゃね」

 そもそも最初の一撃で始末できると思っていたのだろうか、予想外に長引くどころか徐々に圧されつつある状況に化物は焦りを見せた。
 なんだ、ちゃんと表情あるじゃない……口の端を上げたリィムは、鋭い突きをお見舞いして化物の体勢を崩す。

「ぐ……」
「それで、あなたは何の目的があってこんな事をしたのかしら?」

 尻餅をついた化物の鼻先と思しき箇所に細剣の切っ先を突きつけて、リィムは質問を始める。

「私のこと、少し調べてあったみたいね。残念ながら調査不足だったけど……そうまでして、どうして私を?」
「ククッ……教えてやるよ。どうせお前は生き残れない」

 ざわ、と空気が騒ぐ気配に、思わずリィムは剣を引き、辺りを見回す。
 空間に開いた穴から更に数体、同じような化物が現れた。

「うそ、なんなの!?」
「お前が“英雄を守る”人間だからだ……ここで始末すれば、それもなくなるがな」

 数で取り囲んで形勢逆転と見るや化物は立ち上がり、先程自分がされたように先の尖った右腕をリィムに突きつける。

(これはちょっと、まずいかしらね……)

 ざっと見て五、六体……当然退路などなく、さすがの彼女もこれを突破するのは厳しいだろう。
 化物は無慈悲にも、彼女に凶刃を向けて襲いかかり……

「っ!」

 しかしその刃は彼女に届くことはなかった。

「間に合ったか」
「え……?」

 間に割って入った黒衣の騎士が、自らの左腕を盾にして防いだからである。
 そして破れた袖の下から鮮血を滴らせてはいるが彼の傷が浅く済んだのは、もう片方の手に持った剣が化物の頭部を貫き、止めていたから。

「がっ、ぐあ……」
「ふん、こんなものか」

 ビクビクと痙攣する化物を蹴り飛ばしながら剣を引き抜くと、地に落ちた人形は砂のように崩れてしまう。
 消滅する化物を冷たく一瞥した騎士は、ゆっくりとリィムを振り返る。

「無事か」
「あなたは……」

 ザァ、と風が吹き抜ける。

 自分を見つめる騎士の水浅葱の瞳が、リィムには何故か哀しげに思えた。
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