32~変えられない過去~
「きゃあっ!」
どこかの森の中、いつものように時空転移で過去にやってきたカカオ達の耳に最初に届いたのは、最後尾にいたメリーゼの悲鳴だった。
「どうしたメリーゼっ……グラッセのおっさん!?」
振り向いた彼らが見たのは、メリーゼを後ろから抱き寄せて拘束したグラッセの姿。
彼はすぐに腕を解き、悪かったなとメリーゼの頭を撫でた。
「グラッセ隊長、どうして……?」
「ずいぶん大胆なことをするのね、おじさま」
「こうでもしないと過去について行けないだろうと思ってな」
何事もなかったかのようにすたすたと歩き出すグラッセは、呆気にとられるカカオ達を振り返ると、
「早くしないとリィムが危ないんだろう。彼女が待機していた場所はあちらだ」
案内役は任せろとばかりにさっさと先に進んでいくが、周りに合わせるつもりはなさそうな速さで気を抜くとすぐに見失ってしまいそうだ。
慌てて追いかける仲間達の中で、風を受けて翻る黒衣の背を、ランシッドはじっと見つめていた。
『グラッセ……』
「あの迷いのない足取り、グラッセどのは当時を知っているのでござるな」
「顔見知りとかに会っちまったらマズいんじゃないのかい?」
そう言うガレとパンキッドに、いや、と時精霊が否定に首を振る。
『彼はこの時代には“いない”よ。それは問題ないんだけど……』
ランシッドはオグマとグラッセの関係、グラッセが“どういう存在”なのか、それにリィムという女性のことを直接は見ていないが知っていた。
オグマにとってリィムは淡い初恋を抱いた人で、同時に自分を庇って命を落とした人でもある。
そして、グラッセにとっては……
(彼女に会って、どうするつもりなんだ……過去は変えられないのに)
彼が妙な行動を起こさないように見張らなくては……世界の秩序を守る精霊として、ランシッドの表情が険しくなった。
――――
間もなく作戦開始となるだろう森の空気は、心なしかぴりぴりとひりついている。
ふわふわと柔らかい亜麻色の長髪を毛先の方で緩く束ねた女性、リィムは空気の違いを通り過ぎる風に感じていた。
「嫌な感じね……」
治癒術が得意な彼女の隊は救護用のテントを張り、後方に待機していた。
おそらく前線の空気はこんなものではないだろう……周囲を警戒するため外に出た彼女はどこにいても解消されない息苦しさに知らず眉間に皺を寄せる。
その時のだった。
「た、助けてー!」
「!?」
木々に遮られた緑の奥で姿は見えないが、確かに届いた悲鳴。
リィムが素早く剣の柄に手をかけながら声のする方に走り出したのは、もはや反射だった。
「今いくわ!」
緑をかき分けながら進む先には騎士はおらず、恐らく他に悲鳴を聞いた者はいないだろう。
この先にいるのが自分ひとりで敵う相手かはわからないが、民間人を逃がす役くらいには……そう考えていたリィムの目に飛び込んできた光景は、彼女の予想とは違うものだった。
「ようこそ、正義感の強いお嬢さん」
そこにいたのは民間人でも魔物でもなく、最近現れたという化物とも違う……子供が図形を組み合わせて作った人形のような、硬質で無機質なモノ。
ヒトの言語を用いてはいるが、のっぺりとした丸く平べったい頭部には表情がなく、不気味さを漂わせている。
「あなた一体……」
「知っても意味はありませんよ。どうせこの後……」
化物は素早く背後……退路に回り込むと、三角定規のような腕を振り回し、
「死ぬんだからなぁッ!」
ギィン、と金属がぶつかり合う音が、森の空に響いた。
どこかの森の中、いつものように時空転移で過去にやってきたカカオ達の耳に最初に届いたのは、最後尾にいたメリーゼの悲鳴だった。
「どうしたメリーゼっ……グラッセのおっさん!?」
振り向いた彼らが見たのは、メリーゼを後ろから抱き寄せて拘束したグラッセの姿。
彼はすぐに腕を解き、悪かったなとメリーゼの頭を撫でた。
「グラッセ隊長、どうして……?」
「ずいぶん大胆なことをするのね、おじさま」
「こうでもしないと過去について行けないだろうと思ってな」
何事もなかったかのようにすたすたと歩き出すグラッセは、呆気にとられるカカオ達を振り返ると、
「早くしないとリィムが危ないんだろう。彼女が待機していた場所はあちらだ」
案内役は任せろとばかりにさっさと先に進んでいくが、周りに合わせるつもりはなさそうな速さで気を抜くとすぐに見失ってしまいそうだ。
慌てて追いかける仲間達の中で、風を受けて翻る黒衣の背を、ランシッドはじっと見つめていた。
『グラッセ……』
「あの迷いのない足取り、グラッセどのは当時を知っているのでござるな」
「顔見知りとかに会っちまったらマズいんじゃないのかい?」
そう言うガレとパンキッドに、いや、と時精霊が否定に首を振る。
『彼はこの時代には“いない”よ。それは問題ないんだけど……』
ランシッドはオグマとグラッセの関係、グラッセが“どういう存在”なのか、それにリィムという女性のことを直接は見ていないが知っていた。
オグマにとってリィムは淡い初恋を抱いた人で、同時に自分を庇って命を落とした人でもある。
そして、グラッセにとっては……
(彼女に会って、どうするつもりなんだ……過去は変えられないのに)
彼が妙な行動を起こさないように見張らなくては……世界の秩序を守る精霊として、ランシッドの表情が険しくなった。
――――
間もなく作戦開始となるだろう森の空気は、心なしかぴりぴりとひりついている。
ふわふわと柔らかい亜麻色の長髪を毛先の方で緩く束ねた女性、リィムは空気の違いを通り過ぎる風に感じていた。
「嫌な感じね……」
治癒術が得意な彼女の隊は救護用のテントを張り、後方に待機していた。
おそらく前線の空気はこんなものではないだろう……周囲を警戒するため外に出た彼女はどこにいても解消されない息苦しさに知らず眉間に皺を寄せる。
その時のだった。
「た、助けてー!」
「!?」
木々に遮られた緑の奥で姿は見えないが、確かに届いた悲鳴。
リィムが素早く剣の柄に手をかけながら声のする方に走り出したのは、もはや反射だった。
「今いくわ!」
緑をかき分けながら進む先には騎士はおらず、恐らく他に悲鳴を聞いた者はいないだろう。
この先にいるのが自分ひとりで敵う相手かはわからないが、民間人を逃がす役くらいには……そう考えていたリィムの目に飛び込んできた光景は、彼女の予想とは違うものだった。
「ようこそ、正義感の強いお嬢さん」
そこにいたのは民間人でも魔物でもなく、最近現れたという化物とも違う……子供が図形を組み合わせて作った人形のような、硬質で無機質なモノ。
ヒトの言語を用いてはいるが、のっぺりとした丸く平べったい頭部には表情がなく、不気味さを漂わせている。
「あなた一体……」
「知っても意味はありませんよ。どうせこの後……」
化物は素早く背後……退路に回り込むと、三角定規のような腕を振り回し、
「死ぬんだからなぁッ!」
ギィン、と金属がぶつかり合う音が、森の空に響いた。