32~変えられない過去~
「オグマさんがテラの時空干渉にっ……!」
『オグマ、どこか過去で自分が死ぬかもしれなかったような出来事に心当たりはない!?』
これまでのテラの時空干渉は、どれも対象の危機に便乗して、そこにほんの少し手を加えるようなものばかりだった。
ならば今回もそう来るだろうと踏んだランシッドが時空の歪みを探りながら問いかけるが、
「うーん、心当たりが多過ぎて……」
「そのいくつかは俺が関わってるやつだな……」
返ってきた答えと何故か暗い顔をするグラッセに、頭を抱えるランシッド。
二十年前の旅に加え、オグマにはさらに過去、激しい戦いで右目と右腕、さらに多くのものを失った場面もあるが……
『違う、こっちも……あとはどこだ……?』
「あ、あの」
と、おずおずと会話に入ってきたのはメリーゼだった。
「オグマ隊長本人ではなく、間接的に狙われたのではないでしょうか?」
「そっか、トラおじちゃんの時みたいにだね!」
彼女が言うのは、王都にいる英雄王ランスロット……トランシュに起きた時空干渉の話だ。
あの時の標的は彼自身ではなく、妻であるフローレット王妃だった。
その方向性だとして、また調べることが増えるのだが……そう思っていたランシッドは、続いたメリーゼの言葉に目を見開くことになる。
「オグマ隊長……亜麻色の髪の女性騎士、覚えはありませんか?」
「「!」」
驚いたのはオグマとグラッセも同様で、これまでのいまひとつ緊張感に欠けていた空気がガラリと変わった。
「メリーゼ……何故そいつのことが出てくる? そいつは三十年近く昔に、」
だがグラッセの言葉はオグマの左手により遮られる。
オグマは視線でブオルを示し、その話は……と首を左右に振った。
『よし……特定できたよ。時代はオグマが一度騎士団を離れる直前。“総てに餓えし者”の眷属が大量発生して、大きな戦いがあったようだね。そしてメリーゼが言った通り、標的はその女性騎士だ』
「回りくどいねえ……直接本人を狙わないなんてさ」
ぱしぃんと小気味良い音をさせてパンキッドが拳を打ち鳴らす。
「そのひとを助けないとオグマさんが消えちまうんだな」
「あ、ああ、そうだな……あの時彼女がいなかったら、私は死んでいた」
カカオとオグマのそんなやりとりと、周りで時空転移の準備が進んでいくのを眺めながら、ちいさな風精霊がひとり胸元に置いた手をぎゅっと握り締めた。
(スタード様……その亜麻色の髪の女性騎士、リィム・ティシエールは貴方の娘。そして貴方の父上であるブオル様にとっては……)
「今回、ブオル殿は行かない方がいいと思います」
まるで風精霊の考えを映したような発言をしたのは、同じティシエール家の人間であるクローテだった。
「そりゃあ、なんでだ?」
「そっ、それは……今回は特に騎士団の人間と接触する可能性が高いですから。いくら変装していても貴方の顔は知れ渡り過ぎています」
長い獣耳を忙しなく動かしながら主張するクローテに、しばし考えたブオルはおとなしくそれを受け入れた。
「……そっか、なるほど」
「すみません、何かあった時のためにグラッセ隊長とオグマ隊長のそばにいてあげてください。時空干渉は我々が必ず止めますから」
本当に申し訳無さそうな曾孫の顔に曾祖父はそれ以上の追及はせず、オグマの隣に座る。
「んじゃ、待ってる間俺はオグマにいろいろスタード達の話とか聞かせて貰うから。気をつけてな」
「ああ。いってくるぜ、おっさん!」
そうして仲間たちが時の彼方に消えるのを笑顔で見送り、一息ついて。
「……クローテも根は素直というか、嘘は下手なんだなあ」
「ブオル殿……」
「それくらいわかる。亜麻色の髪の騎士……同じ髪色をしたうちの可愛い孫娘も騎士に憧れてたからな。そっか、叶えたのか」
髪色と女性騎士というだけでは他にもいるかもしれないが、彼女の甥にあたるクローテの先程の態度が決定打となった。
そしてこれまでの話を繋ぎ合わせると、なんとなく彼女がどうなったのかも察してしまい……
「優しい子だよ、本当に。なあ、あんたもそう思うだろグラッ……」
が、ブオルが話を振ろうとした相手は、ここにはいなかった。
「……あれ?」
「グラッセ、いつの間に……まさか、彼らについて……!?」
ブオルとオグマは思わず顔を見合わせる。
二人っきりになってしまった部屋は、一気に広く感じられるのだった。
『オグマ、どこか過去で自分が死ぬかもしれなかったような出来事に心当たりはない!?』
これまでのテラの時空干渉は、どれも対象の危機に便乗して、そこにほんの少し手を加えるようなものばかりだった。
ならば今回もそう来るだろうと踏んだランシッドが時空の歪みを探りながら問いかけるが、
「うーん、心当たりが多過ぎて……」
「そのいくつかは俺が関わってるやつだな……」
返ってきた答えと何故か暗い顔をするグラッセに、頭を抱えるランシッド。
二十年前の旅に加え、オグマにはさらに過去、激しい戦いで右目と右腕、さらに多くのものを失った場面もあるが……
『違う、こっちも……あとはどこだ……?』
「あ、あの」
と、おずおずと会話に入ってきたのはメリーゼだった。
「オグマ隊長本人ではなく、間接的に狙われたのではないでしょうか?」
「そっか、トラおじちゃんの時みたいにだね!」
彼女が言うのは、王都にいる英雄王ランスロット……トランシュに起きた時空干渉の話だ。
あの時の標的は彼自身ではなく、妻であるフローレット王妃だった。
その方向性だとして、また調べることが増えるのだが……そう思っていたランシッドは、続いたメリーゼの言葉に目を見開くことになる。
「オグマ隊長……亜麻色の髪の女性騎士、覚えはありませんか?」
「「!」」
驚いたのはオグマとグラッセも同様で、これまでのいまひとつ緊張感に欠けていた空気がガラリと変わった。
「メリーゼ……何故そいつのことが出てくる? そいつは三十年近く昔に、」
だがグラッセの言葉はオグマの左手により遮られる。
オグマは視線でブオルを示し、その話は……と首を左右に振った。
『よし……特定できたよ。時代はオグマが一度騎士団を離れる直前。“総てに餓えし者”の眷属が大量発生して、大きな戦いがあったようだね。そしてメリーゼが言った通り、標的はその女性騎士だ』
「回りくどいねえ……直接本人を狙わないなんてさ」
ぱしぃんと小気味良い音をさせてパンキッドが拳を打ち鳴らす。
「そのひとを助けないとオグマさんが消えちまうんだな」
「あ、ああ、そうだな……あの時彼女がいなかったら、私は死んでいた」
カカオとオグマのそんなやりとりと、周りで時空転移の準備が進んでいくのを眺めながら、ちいさな風精霊がひとり胸元に置いた手をぎゅっと握り締めた。
(スタード様……その亜麻色の髪の女性騎士、リィム・ティシエールは貴方の娘。そして貴方の父上であるブオル様にとっては……)
「今回、ブオル殿は行かない方がいいと思います」
まるで風精霊の考えを映したような発言をしたのは、同じティシエール家の人間であるクローテだった。
「そりゃあ、なんでだ?」
「そっ、それは……今回は特に騎士団の人間と接触する可能性が高いですから。いくら変装していても貴方の顔は知れ渡り過ぎています」
長い獣耳を忙しなく動かしながら主張するクローテに、しばし考えたブオルはおとなしくそれを受け入れた。
「……そっか、なるほど」
「すみません、何かあった時のためにグラッセ隊長とオグマ隊長のそばにいてあげてください。時空干渉は我々が必ず止めますから」
本当に申し訳無さそうな曾孫の顔に曾祖父はそれ以上の追及はせず、オグマの隣に座る。
「んじゃ、待ってる間俺はオグマにいろいろスタード達の話とか聞かせて貰うから。気をつけてな」
「ああ。いってくるぜ、おっさん!」
そうして仲間たちが時の彼方に消えるのを笑顔で見送り、一息ついて。
「……クローテも根は素直というか、嘘は下手なんだなあ」
「ブオル殿……」
「それくらいわかる。亜麻色の髪の騎士……同じ髪色をしたうちの可愛い孫娘も騎士に憧れてたからな。そっか、叶えたのか」
髪色と女性騎士というだけでは他にもいるかもしれないが、彼女の甥にあたるクローテの先程の態度が決定打となった。
そしてこれまでの話を繋ぎ合わせると、なんとなく彼女がどうなったのかも察してしまい……
「優しい子だよ、本当に。なあ、あんたもそう思うだろグラッ……」
が、ブオルが話を振ろうとした相手は、ここにはいなかった。
「……あれ?」
「グラッセ、いつの間に……まさか、彼らについて……!?」
ブオルとオグマは思わず顔を見合わせる。
二人っきりになってしまった部屋は、一気に広く感じられるのだった。