32~変えられない過去~

 霊峰に開いた時空の穴を塞ぎ、魔物の発生を止めたカカオ達は、戦い通しだったオグマを休ませるためネージュの宿屋に来ていた。

「君達が来てくれたお陰で霊峰は、そして近辺に住まう人々は魔物の脅威から救われた。改めて、ありがとう」
「って言ってもほぼ駆けつけただけでオレは……」

 魔物はオグマとグラッセが退治したし、空間の裂け目を閉じたのはランシッドだ。
 自分は何もしていないと俯くカカオの頭に、ぽんとオグマの左手が置かれた。

「あんな危険な場所に駆けつけてくれただろう。そうそうできないことだ」
『精霊は基本的には住処を離れられないからな。連れて来るには、人の力が必要なのだ』

 氷の大精霊“蒼雪の舞姫”もそう続け、彼らの力あってこそ防げた危機だと伝えた。

「それに、私が逃してしまった魔物も退治してくれた。皆を守る力になれて、ガトー殿の腕輪もきっと喜んでいるだろう」
「倒してやったのは俺もだがな」
「そうだな。グラッセもありがとう」

 そんなグラッセの服の袖口から覗くのも、使い込んで少し色味が変わってはいるが、やはりカカオ達が着けているのと同じ腕輪だった。

「……それで、話はだいたいカッセから聞かせてもらっているが……」
『ああ。ここ最近で何か変わったことはないかい?』

 ランシッドに尋ねられ、オグマとグラッセは一瞬考え込む。

「いや、霊峰の異変以外に変わったことは……」

 オグマがそう答えようと左手を差し出した、その時。

「手が、透けている……?」

 黒い手袋をした手のひら側から木の床が透けて見える光景に、片方しかない水浅葱の目をぱちくりさせた。
 そして、一拍おいて。

「……ああ、これがカッセが言っていた、」
「時空干渉だ! 存在が消えかけているのに悠長に構えるな馬鹿!」
「す、すまない、びっくりして……」

 今にも殴りかかりそうな勢いのグラッセに胸ぐらを掴まれ、困り笑いを引きつらせるオグマ。

 こののんびりした男は、これでも二十年前の英雄の一人なのだが……彼を初めて見た者達には、とてもそうは思えなかったという。
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