31〜蒼雪の使者〜

 吐く息も凍りついてしまいそうな迷宮を進んでいくと、時折先程のような魔物と鉢合わせすることになった。
 だいたいは手傷を負っているらしく難なく倒せたが、奥に進むにつれその遭遇率は上がっていく。

「これ、もしかして奥にいるっていうヤツが疲れてきてんじゃ……」
「討ち漏らしてるってんならそうなるかもな。急がないと」

 パンキッドの言葉にブオルが頷く。
 そもそもカッセからの連絡を受けて、どのくらいの時間が経っただろうか……進むごとにカカオ達の心配が募っていく。

……と、

「なんだ、こんなところに来る奴がいたのか」

 背後から声がしたかと思うと、スッと風が通り過ぎていく。
 涼やかに翻る黒衣はまるで凍てつく寒さなど気にもしていないようで……

「子連れで遠足か? なら来る場所を間違えたな」

 一度だけ振り向いて、遠足の保護者と思われたのだろうブオルに向けてそう言い放ちスタスタと去っていく黒衣の男。
 その足取りもまた、凍りついた地面もなんでもないような颯爽としたものだった。

 呆然としていた一行が我に返ったのは、男の背が見えなくなってから。

「い、今のって……」
「知り合いか?」

 カカオとメリーゼ、それにクローテが顔を見合わせる。
 しかし直後、繊細な自然の芸術品を壊しかねないほどの咆哮が洞窟内に轟いた。

「こりゃ、だいぶ近いな……」
「早く行かないと!」

 滑る足元に気をつけながら、けれども急いで声の主へと向かうと、最奥部らしき広間に出た。
 キン、と冴えた空気の中でひとり佇む人物と、それを取り囲む魔物……それに、空間に開いた幾つかの穴。

「あれは……やっぱり!」

 クローテが声をあげる中、周囲のマナが“彼”の周りに集まっていく。
 ふわ、と青褐の高く束ねた長髪が浮いて、波打つ。
 蒼白い光は術者を慕うように舞い遊び、戦闘中とは思えない優美で幻想的な光景を創り上げていた。

「すげぇ……まるで、」

 精霊に愛されてるみたいだ。

 ブオルが思わずそんな呟きを漏らした時、前髪で半分隠れた術者の、穏やかだが強い意志を宿した水浅葱の目がキッと開かれた。

「与えるは静謐なる終焉……」

 詠唱が始まると、周囲の空気がぴんと張り詰める。
 危険を察知した魔物達が一斉に飛び掛かるが、

「させる訳がないだろう!」

 先程の黒衣の剣士が素早く割って入り、魔物の牙を防ぐ。
 術者はそれに顔色ひとつ変えず、マントの下に隠れていた左手を前方に差し出した。
 すると氷のマナが一瞬にしてその手に集束、そして拡散しながら大輪の花を形作る。

「凍てつく柩に抱かれて眠れッ!」

 花弁はふたりを中心に外側に拡がり、多くの魔物を巻き込んで彼らの時を止めてしまう。
 直後に砕け散り霧散していく清らかな魔力の花は、あとには何も……断末魔すら残さなかった。
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