24~はじまりの場所で~

「よう、揃ったか」
「遅いよー男子!」

 しっかりシャワーを浴びてきたガレ含めようやく支度を終えたカカオ達は、デューとモカの親子に迎えられた。

「あらぁ、石鹸の匂い? ガレ君お風呂入ってたの?」
「にゃは、ちょっと汗をかいてしまったゆえ」

 ふぅん、と品定めするようなアングレーズの視線を受けて気恥ずかしそうにガレは答える。

 他の仲間達もいつも通りの様子で、和気あいあいたる光景をじっと水精霊が見つめていた。

「どうした、水辺の乙女?」
『……昨夜の話だと自分達の未来がないかもしれないと言われていたのに、その割には沈んだ様子がないのですね』

 未来から来たというアングレーズ達の話では、カカオ達はテラを倒して世界を救ったかわりに誰ひとり帰らなかったという。
 あちこち介入があった影響で少しずつ未来が変わってきているとはいえ、テラの恐ろしさを身をもって体験したクローテも、今は仲間に囲まれて笑っている。

 不思議な光景だ、と精霊は思った。

「はは、そういうのって昔を思い出さねーか?」
『ああ、そういえば……桁違いの強さをもつ相手に空を巨大隕石に圧迫されてもなお、意気揚々と殴り込んだ方々がいましたね』

 彼等が語るのは、デュー達が英雄と言われる所以となった、大きな戦い。

 長い時を生きる精霊にとってそれはつい最近の出来事だったが、長く世界を見守っていても、珍しく、印象に残るもので……

 同時に、水辺の乙女がこの世界を生きる者達に強い興味を惹かれる出来事でもあった。

 二人が過去に思考を飛ばしていると、

『いいんじゃない? ここでヘコむようなら、勝てるものも勝てなくなっちゃうからさ』

 などというランシッドの声が……メリーゼの肩に乗った小さな毛玉から聞こえた。

「……ああ、うん……なんか、その見た目で言われると緊張感も何もなくなっちまうな」
『ですねえ』
『ふざけてるんじゃなくてこれは省エネモード! 契約者が傍にいない新米精霊はいろいろ大変なの!』

 気を削がれたような顔をするデュー達に、ランシッドはそう言って飛び跳ねる。
 苦笑するメリーゼの母親がその契約者になるのだが、残念ながら今この場にはいない。

「ふーん、精霊にもいろいろあるんだなあ……」

 そんなことを言っていたデューだったが、

「デューさん、それ、その手……!」
「ん?」

 カカオの声で自分の両手に視線を落とすと、藍鉄の目を大きく見開いた。

「な、なんだこりゃ……!?」
『デューっ!』
「パパ!」

 彼の手は黒く硬化し、鋭い爪をもった異形のそれになっていた。
 人間がそういった変貌を遂げてしまう現象は、この場の全員にとって見覚えのあるもので……

「お父様、空間を!」
『わ、わかった!』

 メリーゼの声にすぐさま空間を切り離すランシッド。
 これで宿にいる他の人間に目撃されることは避けられたが、デューの体はなおも黒に侵食されていく。

『繋がりが、薄れていく……これは、一体……』
「うわぁっ!」

 契約精霊が自らの中に生じた変化に戸惑っていると、モカが突然悲鳴をあげた。
 デューの娘である彼女の体が、消えようとしているのだ。

「モカまで、どうしたんだ!?」
『ひょっとして、時空干渉……デューが過去のどこかで魔物になってしまったことで、後に生まれるはずだったモカの存在が消滅するってこと?』
「うそ、まじで……そんなのやだよ!」

 デューを消すのではなく、魔物化させることで未来の繋がりを断つ。
 分身とはいえテラと対峙した彼が次に狙われるのは想像に難くないことではあったが……

「そういうことかよ……つくづく性根のねじ曲がった奴だぜ」

 現在の彼の存在が消えないあたり、退治も浄化もされずいつまでも暴れまわっているのだろう。

 世界を救うはずだった人間が魔物に取り憑かれ、今も人々に危害を加えているのだとしたら……

『英雄を退治するべき悪に堕とす、か……』
「ほんと悪趣味極まりねぇな……」

 己が身をじわじわ支配しようと手をのばす狂暴性や破壊衝動に抗いながら、デューはそう吐き捨てた。
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