2~白き王都の英雄王~

 王都にそびえる白き山……調和の象徴、マーブラム城。
 この場所がグランマニエというひとつの国だった頃から長い歴史を見守り続けた城は外観からその厳かな雰囲気を漂わせ、見上げるカカオの背筋を伸ばした。

「ここが、マーブラム城かぁ……」

 中に入れば奥まで真っ直ぐのびた深紅の絨毯に出迎えられる。
 白を基調にした壁や柱は時を経て僅かに味とも言える色を帯び、そのためか白ばかりでも殺風景とは感じない。
 籠った靴音を立てながら辺りを見回すカカオに、すれ違った使用人がクスッと微笑み、頭を下げた。

「あまり田舎者丸出しできょろきょろするな。笑われてるぞ」
「い、今のは挨拶だろ!」

 そんなクローテとカカオのやりとりを、やや後ろについて歩いていたメリーゼが微笑ましく見守っていた。

「仲がいいんだね~」

 そう呟いたのは、メリーゼの隣にいたモカ。

「……っていうかなんでお前までついて来てんだよ」
「なんか面白そうだから」

 じとりとしたカカオの眼差しに、悪びれるそぶりもなくモカは答えた。

「それよりさ、仲良しだったらクロ兄の『アレ』知ってる?」
「アレ?」
「こっち来てよ。面白いものあるからさ♪」
「うわ、ちょっ……!?」

 彼女はカカオの手首を掴むと、玉座の間とは違う方へぐいぐいと引っ張って行ってしまう。

「……遠足に来たんじゃないんだぞ。なあメリーゼ?」

 状況のわかっていない少女の行動に呆れたクローテは幼馴染みに同意を求めるが、

「あ、あっちにあるのは……クローテ君、もしかしてモカちゃんの言う面白いものって……」
「! ま、待てカカオ、そっちには行くなぁっ!」

 彼女の言葉で二人が消えていった先に何があったか思い出したクローテは、血相を変えてその後を追いかけるのだった。


――――――


 長い長い廊下の壁に、幾つもの絵が並んでいた。
 カカオが連れて来られたのはそんな場所だったが、彼の言葉を奪ったのはそこに描かれていたもの……どうやらここの絵画は全て女性の肖像画らしいのだが、明らかな違和感があった。

(すげぇ美人……もいるけど、なんか悲哀帯びてるし、全体的にどことなく体格が立派なような……)

 綺麗に着飾って化粧した婦人達はよく見ると肩ががっしりしていたり、喉仏の主張が激しかったり……だが中には、美女、美少女と呼べる者もいたりして、それが余計にカカオの混乱を誘った。

「なぁモカ……ここは一体どういう場所なんだ? オレ歴史とかあんま詳しくないんだけど、歴代の王妃様、とかじゃないよなぁ……?」

 ここにあるのが歴代の王妃の肖像画だとしたら、カカオでも知っている現王妃の姿がないのは妙だ。

「むっふっふ、ここはねぇ……」
「モカッ!」

 髪や息が乱れるのにも城内を走ってしまったことにも構わず駆けつけたクローテの迫力に、思わずカカオが後ずさりした。

「く、クローテ……どうした?」
「きっ……気付いていないならいい。今すぐここを離れろ。というか我々の目的は王に会うこと……そうだ早く向かわなければ!」
「落ち着け! わかったすぐ行くから!」

 ただならぬ様子で先を急ごうとするクローテに気圧されて従おうとしたカカオだったが、

「ほら、モカも寄り道してないでさっさと王様んとこ行くぞ」
「それなんですけど、カカオ君……」

 後からおずおずと顔を出したメリーゼの、そのまた後ろから、

「私に何か用かな?」

 銀糸を思わせる月白の長い髪を垂らし、シンプルな黄金の額飾りをつけ、切れ長のカーマインの瞳をにこやかに細めた美形の壮年男性……ここ王都、いや世界でその名を知らぬ者はいないであろう、英雄王ランスロット・ロイ・グランマニエ。
 もっとも騎士であった頃はトランシュと名乗っていたこともあり、彼をそう呼ぶ者も多いとか。

 紅のゆったりとしたローブの袖口からのぞく腕は鍛え上げられて引き締まった騎士のそれで、決して華奢な印象は受けない。

 そんな、皆に慕われる英雄王は……

「ここに来ると懐かしい気分になるなあ。ほら、あれが私だよ」
「へ?」

 数多ある肖像画のひとつ……だいたいが哀しげに俯いている中で数少なく自信に溢れた笑顔の美女を指し示し、爽やかに笑うのだった。
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