23~正しき未来へ~

――暗く深い水底に沈んでいくような意識が、ようやくゆっくりと浮上を始めた。
 途中、遠く仲間達の声が聴こえた気がしたが、いつもはよく働く聴力にも全体に靄がかかったようで内容を認識することはかなわなかった。

 重く、ぼんやりとした意識。

 ただその中で、微かだがはっきりとしたことがあった。

(糸が……)

 沈んでいく自分に絡みつく、糸のようなものが見えた。

 さらに底へ底へと引きずり込もうとするそれを断ち切ったのは、黒い手。
 その手の正体に気付いた途端、ふわりと軽くなった意識は一気に覚醒へと向かっていく……――


「うぅ……」

 ゆっくり目を開けた青藍が最初に映したのは、どこか建物の中らしき木の天井。
 自分は確か砂漠のオアシスにいたはずでは、そうだガレと二人でいた時に……ぼやけた思考で順番に記憶を手繰り寄せていくと、張りついた不気味な笑顔の道化師に辿り着いた。

「! そうだ、私はっ……!」

 時空干渉の元凶らしき“テラ”を名乗る、女性の姿をした化け物。
 オアシスで彼女に襲われ、重傷を負ってどうにかガレに治癒術をかけたところで意識を失ってしまったのだ。

「生き、てる」

 どう考えても勝ち目のない力の差を前に、ガレは自分を連れて逃げでもしたのだろうか、それとも……

「……ガレ?」

 ふと、隣のベッドに眠るもう一人に気付く。
 いつもはひとつに結い上げている藍鉄の髪をおろして、両の瞼をかたく重たく閉ざし、あまりにも静かな寝姿は本当にあの明るく人なつっこいガレなのかと思うよりも先に生きているのか不安になる。

 と、

「ようやっと眠ったんだ。ほとんど気絶に近かったけどな」

 開いていた部屋の入り口から洗面器を持って現れたブオルが、ベッドの脇の机にそれを置くと中に浮かべていたタオルを絞る。

「お前さんもまだおとなしく寝てろよ。熱があるんだ」
「熱……」

 ふらつく頭はそのせいか、とクローテは手渡された濡れタオルを額にあてた。
 ひやり、心地よい冷たさが思考の靄を払う。

「ブオル殿……傷や痛みが消えているのは、もしかして……」
「解毒とかはできないが俺もちょっとした治癒術なら使えてな。外傷は俺の術だがほとんどはガレの気功術だ。自分がやるって言ってきかなくてな……」

 同じ癒しの術でも気功術は内部の痛みや炎症を取り除くことに特化しており、治癒術でも多少それは可能だが外傷を治すことがメインになる。
 動けないほどの深手を負ったクローテを回復させるには、高位の治癒術か、あるいは両方の術を併用する必要があった。

「無茶をするなと言ったのに……」

 俯くクローテの頭を「こら」と軽く触れる程度に叩くブオル。

「無茶をしたのはお前さんもだろう? 話は二人から聞いたぞ」
「二人……?」

 あの場にいたのは自分の他にはガレだけだったのでは、と首を傾げるクローテの疑問は、新たに部屋に入ってきた人物によって解消されることとなった。
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