~渦中の王都~
「……余の、力が必要なのか?」
おそるおそるシュクルが尋ねる。
「え?……君は……」
「シュクルは兄様が今言ったその聖依獣じゃよ」
「何だって……!? てっきりウサ」
「それ以上言わせぬぞ!」
その反応は聞き飽きたとばかりに割り込んで、シュクルはトランシュの言葉を止めた。
「もうウサギでいい気もするが……」
「……で、おぬしは余に何の用ぞ?」
デューの呟きは聞こえないフリをして、できるだけ尊大に振る舞う。
「城の地下に巨大な牙のようなモノが生えて、そこから障気が噴き出している。聖依獣の力ならそれを浄化出来ると聞いたのだが……」
「聖依獣は人間の前から姿を消して久しいからのぅ。簡単には見つからんかった訳か」
うむむ、と唸るミレニアの横で、フィノはハッとして口許を押さえた。
「母が言っていたのは、この事だったんですね……」
「そうなのか?」
「はい。病床でうわ言のように牙がどうとか繰り返していました。最初は何の事かわかりませんでしたが……」
ぎゅ、と杖を握る手に力がこめられる。
「彼女は……」
「ジャンドゥーヤの神子姫、フィノじゃ。今回の事を占いで知ったらしくてのぅ」
「急いで知らせに来たのに……もうそんな状況、とっくに過ぎていたんですね……」
俯くフィノに歩み寄ると、トランシュは少しだけ屈んで目線を合わせた。
「はるばる東大陸から……それは大変だったろう。後は我々に任せて、ここでゆっくり休んでいってくれ」
「兄様はどうするのじゃ?」
すると自分とよく似た色をしたミレニアの髪を優しく撫で、トランシュは微笑んだ。
そして、再度シュクルに目を向ける。
「……頼みの聖依獣が見つかった今、一刻も早く牙を浄化しなくては……シュクル君、すまないが一緒に来てくれないか?」
「あ……だ、だが、余は……」
真剣なまなざしに押され、シュクルは思わずたじろぐ。
所在なさげな視線がミレニアとかち合った。
「……もしかして、シュクル……淋しいのかの?」
「へ?」
「折角仲良くなったみんなと離れて、騎士団に連れて行かれるのが不安なのかの?」
「あ……いや、その……」
ミレニアは自分で納得したようで、腕を組んでうんうんと頷いた。
「兄様、わしもついて行くぞ」
「なっ……遊びじゃないんだぞ、ミレニア!」
「そんなのはなからわかっとるのじゃ。けどシュクルには何かとわしらが必要なんじゃよ♪」
兄の迫力にも負けず、ばっちりウインクして見せるミレニア。
「……そうだな。騎士団の連中と行くよりはマシか。それにその小娘は余の力を引き出せる。もしもの時に必要ぞ」
「ミレニアが……?」
トランシュは訝しげに妹を見つめる。
彼女は得意気に腰に手をあて、胸を反らせた。
「だが、あまりにも危険で……」
「ミレニアは強い。それでも不満ならオレも一緒に行く。コイツには記憶を取り戻す手伝いをして貰っているからな」
トランシュの言葉を遮り、デューが口を開く。
「あら、オレ"達"の間違いじゃないかしらん?」
イシェルナが女神の微笑みで続く。
「私も、ここまで来たら知らないふりは出来ない」
「……ですね。占いの行方も最後まで見届けないと」
「旦那達に恩返ししたいし、俺も行きますよ☆」
オグマ、フィノ、リュナンも考えは同じのようで、強く頷いた。
「……決まり、じゃの♪ まだ文句あるかの、兄様?」
「わ、わかった……けど、僕も同行するからな。それは譲れない」
呆気にとられて一瞬素が出てしまったトランシュは、慌てて身を正す。
「……とにかく。地下には何があるかわからない。準備は万端にしていってくれ」
「言われなくてもそのつもりだ」
デューの返しを受け、トランシュは身を翻し出口へ足を進める。
「私は城の入口にいる。準備が出来たら声をかけてくれ」
「ああ」
では、と去り際に会釈をして、トランシュは部屋を出た。
几帳面な足音が徐々に遠ざかっていく。
「……ぶはぁ、ビックリしたー!」
「そうねぇ……ミレニアちゃんにあんな美形なお兄さんがいるだなんて、おねーさんもビックリだわぁ……」
「いや姐さんそっちじゃなくて……」
じゃあ何よ、とイシェルナが見やるとリュナンは指先で頬を掻いた。
「あー……トランシュって言やぁ騎士団の中でも最近めきめき出世して、あの若さで今や王様の側近なんて言われてるエリート騎士なんですよ」
「あらん、じゃあ玉の輿狙えちゃうかしら☆」
「兄様にはフローレット姉様がいるから難しいと思うのじゃ」
即座に夢を打ち砕かれ、イシェルナは肩を落とした。
「今回の事件も殆どあの人が中心になって動いているみたいなんですけど……」
「事態は解決せず悪化していくばかり……焦るのも無理ないな」
はぁ、と溜息を吐けば空気も重くなる。
「あーもう、悩んでもしょうがないわ! 明日に備えて休みましょ♪」
「そうじゃの。ゆくぞフィノ」
「あ、はい。それでは……」
イシェルナとミレニアに引っ張られ、フィノも部屋を出る。
女性陣はあらかじめとったもうひとつの部屋へ行った。
「あぁ、俺の潤いが~」
「病人は早く寝ろ」
そう言うとデューは病人にするとは思えない強引さでリュナンの頭を枕に押さえつけた。
「少年ひどい……」
「これでも優しくしてやってるつもりだけどな?」
「うわぁん旦那ぁ~!」
そんな賑やかな宿屋を出た騎士は、外から建物を……ちょうど、デュー達が泊まっている部屋の辺りを見つめる。
「……姿だけでなくあの口調……他人の空似、なんだろうか?」
少し考え込むが答えは見つからず、トランシュは再び歩き出した。
おそるおそるシュクルが尋ねる。
「え?……君は……」
「シュクルは兄様が今言ったその聖依獣じゃよ」
「何だって……!? てっきりウサ」
「それ以上言わせぬぞ!」
その反応は聞き飽きたとばかりに割り込んで、シュクルはトランシュの言葉を止めた。
「もうウサギでいい気もするが……」
「……で、おぬしは余に何の用ぞ?」
デューの呟きは聞こえないフリをして、できるだけ尊大に振る舞う。
「城の地下に巨大な牙のようなモノが生えて、そこから障気が噴き出している。聖依獣の力ならそれを浄化出来ると聞いたのだが……」
「聖依獣は人間の前から姿を消して久しいからのぅ。簡単には見つからんかった訳か」
うむむ、と唸るミレニアの横で、フィノはハッとして口許を押さえた。
「母が言っていたのは、この事だったんですね……」
「そうなのか?」
「はい。病床でうわ言のように牙がどうとか繰り返していました。最初は何の事かわかりませんでしたが……」
ぎゅ、と杖を握る手に力がこめられる。
「彼女は……」
「ジャンドゥーヤの神子姫、フィノじゃ。今回の事を占いで知ったらしくてのぅ」
「急いで知らせに来たのに……もうそんな状況、とっくに過ぎていたんですね……」
俯くフィノに歩み寄ると、トランシュは少しだけ屈んで目線を合わせた。
「はるばる東大陸から……それは大変だったろう。後は我々に任せて、ここでゆっくり休んでいってくれ」
「兄様はどうするのじゃ?」
すると自分とよく似た色をしたミレニアの髪を優しく撫で、トランシュは微笑んだ。
そして、再度シュクルに目を向ける。
「……頼みの聖依獣が見つかった今、一刻も早く牙を浄化しなくては……シュクル君、すまないが一緒に来てくれないか?」
「あ……だ、だが、余は……」
真剣なまなざしに押され、シュクルは思わずたじろぐ。
所在なさげな視線がミレニアとかち合った。
「……もしかして、シュクル……淋しいのかの?」
「へ?」
「折角仲良くなったみんなと離れて、騎士団に連れて行かれるのが不安なのかの?」
「あ……いや、その……」
ミレニアは自分で納得したようで、腕を組んでうんうんと頷いた。
「兄様、わしもついて行くぞ」
「なっ……遊びじゃないんだぞ、ミレニア!」
「そんなのはなからわかっとるのじゃ。けどシュクルには何かとわしらが必要なんじゃよ♪」
兄の迫力にも負けず、ばっちりウインクして見せるミレニア。
「……そうだな。騎士団の連中と行くよりはマシか。それにその小娘は余の力を引き出せる。もしもの時に必要ぞ」
「ミレニアが……?」
トランシュは訝しげに妹を見つめる。
彼女は得意気に腰に手をあて、胸を反らせた。
「だが、あまりにも危険で……」
「ミレニアは強い。それでも不満ならオレも一緒に行く。コイツには記憶を取り戻す手伝いをして貰っているからな」
トランシュの言葉を遮り、デューが口を開く。
「あら、オレ"達"の間違いじゃないかしらん?」
イシェルナが女神の微笑みで続く。
「私も、ここまで来たら知らないふりは出来ない」
「……ですね。占いの行方も最後まで見届けないと」
「旦那達に恩返ししたいし、俺も行きますよ☆」
オグマ、フィノ、リュナンも考えは同じのようで、強く頷いた。
「……決まり、じゃの♪ まだ文句あるかの、兄様?」
「わ、わかった……けど、僕も同行するからな。それは譲れない」
呆気にとられて一瞬素が出てしまったトランシュは、慌てて身を正す。
「……とにかく。地下には何があるかわからない。準備は万端にしていってくれ」
「言われなくてもそのつもりだ」
デューの返しを受け、トランシュは身を翻し出口へ足を進める。
「私は城の入口にいる。準備が出来たら声をかけてくれ」
「ああ」
では、と去り際に会釈をして、トランシュは部屋を出た。
几帳面な足音が徐々に遠ざかっていく。
「……ぶはぁ、ビックリしたー!」
「そうねぇ……ミレニアちゃんにあんな美形なお兄さんがいるだなんて、おねーさんもビックリだわぁ……」
「いや姐さんそっちじゃなくて……」
じゃあ何よ、とイシェルナが見やるとリュナンは指先で頬を掻いた。
「あー……トランシュって言やぁ騎士団の中でも最近めきめき出世して、あの若さで今や王様の側近なんて言われてるエリート騎士なんですよ」
「あらん、じゃあ玉の輿狙えちゃうかしら☆」
「兄様にはフローレット姉様がいるから難しいと思うのじゃ」
即座に夢を打ち砕かれ、イシェルナは肩を落とした。
「今回の事件も殆どあの人が中心になって動いているみたいなんですけど……」
「事態は解決せず悪化していくばかり……焦るのも無理ないな」
はぁ、と溜息を吐けば空気も重くなる。
「あーもう、悩んでもしょうがないわ! 明日に備えて休みましょ♪」
「そうじゃの。ゆくぞフィノ」
「あ、はい。それでは……」
イシェルナとミレニアに引っ張られ、フィノも部屋を出る。
女性陣はあらかじめとったもうひとつの部屋へ行った。
「あぁ、俺の潤いが~」
「病人は早く寝ろ」
そう言うとデューは病人にするとは思えない強引さでリュナンの頭を枕に押さえつけた。
「少年ひどい……」
「これでも優しくしてやってるつもりだけどな?」
「うわぁん旦那ぁ~!」
そんな賑やかな宿屋を出た騎士は、外から建物を……ちょうど、デュー達が泊まっている部屋の辺りを見つめる。
「……姿だけでなくあの口調……他人の空似、なんだろうか?」
少し考え込むが答えは見つからず、トランシュは再び歩き出した。