おとなりの波佐間さん
外の空気を吸いにアパートの共用廊下に出て、手すりに寄りかかってぼんやりと周囲を眺める。
ふと、口寂しくなってポケットから棒付きのキャンディを取り出した。
「あっ波佐間さんタバコ……じゃなかった」
「ん?」
包み紙だけポケットに戻してキャンディを咥えると、お隣のデカい……確か名前は太陽の朗らか太朗くん、だったな。
「飴だったんですね。失礼しました」
「棒の太さが全然違うでしょ。そそっかしいなあ、陽太朗くん」
「はは。でも懐かしいなぁ。棒付きキャンディなんて子供のとき以来で」
そう言いながら陽太朗くんは俺の隣にやってきた。デカい熱は、触れなくてもそこにいるだけで存在感がある。
いつ見ても良いカラダをしているな、とこちらが彼の筋肉を観察していると、向こうからは俺の口許に視線が注がれていることに気づいた。
「これはね、俺の相棒」
「相棒、ですか?」
「ガーッと小説書いてると、脳に糖分欲しくなってくるの」
「なるほど。なんだかカッコいいですね!」
ああ、眩しい。キラキラと効果音がしそうなくらい素直な反応、なんだか目に沁みるなぁ……
「君はあんまりこういうの食べないの?」
「そうですね、大人になってからはそれほど……ああ、でも」
陽太朗くんはそう言うと、両手の親指と人差し指で四角を作ってみせた。
「缶に入ったドロップってあるじゃないですか。これくらいの」
彼の大きな手からすれば、ひどく小さく見える……が、対比物を考えれば、このくらいだったような気がする。
「ああ、あれね。綺麗だよね」
「そうそう。綺麗で、宝石みたいで、缶に入ってるのもなんかちょっと特別感あって、わくわくしますよね」
「うんうん、わかる」
「子供の頃あれを貰ったことがあって、それはもうすごく特別な宝物みたいに見えちゃって……」
実際に見たわけでもないのに、ドロップが入った缶を両手で掲げて嬉しそうに目を輝かせる陽太朗少年の姿が容易に想像できてしまう。
「すぐ食べちゃうのも勿体ないなって、時々振ってカラカラ鳴らすだけでも幸せだったんですけど、そうやって大事にしすぎて、暑い日に中で全部くっついちゃって……」
「あちゃー……」
めちゃめちゃしょんぼりしてる当時の陽太朗少年はきっと今の彼と同じような表情をしていたのだろう。
わかりやすくて、光景がありありと浮かぶようで、気の毒ながら少し可愛いと思ってしまった。
「で、今も時々見かけたら買っちゃうんですよ。今度はくっつかないようにちゃんと保管して、落ち込んだり元気が出ない時に一粒ずつ、大事に食べてます」
「そっかあ、いいねぇ」
山ほど飴玉を買ってやりたくなったけれど、それではダメなのだろう。
大事に大事に、一粒ずつ……なんだか、そのドロップが羨ましいな。
ふと、棒付きキャンディを一旦口から出し、じっと見つめる。
「燃料みたいに放り込まないで、今度から俺ももうちょい大事に食べようかなぁ」
「燃料って……それはちょっと食べ過ぎちゃいそうですもんね」
ね、と言いながら、舌先でぺろり。再び口の中に戻して、陽太朗くんを見上げる。
「……ん。おいひい」
オレンジ色の飴玉は、果物のような香りと甘酸っぱさを口いっぱいに満たしてくれる。
ただ、脳に糖分をぶち込むだけじゃない。味わって舐めると、また違った感覚が研ぎ澄まされる。
(いい刺激だ。たまにはこういうのもアリかも)
飴玉を咥えたままの間の抜けた発音で「陽太朗くんのおかげだね」というようなことを伝えると、彼は照れて、耳まで真っ赤になってしまった。
ふと、口寂しくなってポケットから棒付きのキャンディを取り出した。
「あっ波佐間さんタバコ……じゃなかった」
「ん?」
包み紙だけポケットに戻してキャンディを咥えると、お隣のデカい……確か名前は太陽の朗らか太朗くん、だったな。
「飴だったんですね。失礼しました」
「棒の太さが全然違うでしょ。そそっかしいなあ、陽太朗くん」
「はは。でも懐かしいなぁ。棒付きキャンディなんて子供のとき以来で」
そう言いながら陽太朗くんは俺の隣にやってきた。デカい熱は、触れなくてもそこにいるだけで存在感がある。
いつ見ても良いカラダをしているな、とこちらが彼の筋肉を観察していると、向こうからは俺の口許に視線が注がれていることに気づいた。
「これはね、俺の相棒」
「相棒、ですか?」
「ガーッと小説書いてると、脳に糖分欲しくなってくるの」
「なるほど。なんだかカッコいいですね!」
ああ、眩しい。キラキラと効果音がしそうなくらい素直な反応、なんだか目に沁みるなぁ……
「君はあんまりこういうの食べないの?」
「そうですね、大人になってからはそれほど……ああ、でも」
陽太朗くんはそう言うと、両手の親指と人差し指で四角を作ってみせた。
「缶に入ったドロップってあるじゃないですか。これくらいの」
彼の大きな手からすれば、ひどく小さく見える……が、対比物を考えれば、このくらいだったような気がする。
「ああ、あれね。綺麗だよね」
「そうそう。綺麗で、宝石みたいで、缶に入ってるのもなんかちょっと特別感あって、わくわくしますよね」
「うんうん、わかる」
「子供の頃あれを貰ったことがあって、それはもうすごく特別な宝物みたいに見えちゃって……」
実際に見たわけでもないのに、ドロップが入った缶を両手で掲げて嬉しそうに目を輝かせる陽太朗少年の姿が容易に想像できてしまう。
「すぐ食べちゃうのも勿体ないなって、時々振ってカラカラ鳴らすだけでも幸せだったんですけど、そうやって大事にしすぎて、暑い日に中で全部くっついちゃって……」
「あちゃー……」
めちゃめちゃしょんぼりしてる当時の陽太朗少年はきっと今の彼と同じような表情をしていたのだろう。
わかりやすくて、光景がありありと浮かぶようで、気の毒ながら少し可愛いと思ってしまった。
「で、今も時々見かけたら買っちゃうんですよ。今度はくっつかないようにちゃんと保管して、落ち込んだり元気が出ない時に一粒ずつ、大事に食べてます」
「そっかあ、いいねぇ」
山ほど飴玉を買ってやりたくなったけれど、それではダメなのだろう。
大事に大事に、一粒ずつ……なんだか、そのドロップが羨ましいな。
ふと、棒付きキャンディを一旦口から出し、じっと見つめる。
「燃料みたいに放り込まないで、今度から俺ももうちょい大事に食べようかなぁ」
「燃料って……それはちょっと食べ過ぎちゃいそうですもんね」
ね、と言いながら、舌先でぺろり。再び口の中に戻して、陽太朗くんを見上げる。
「……ん。おいひい」
オレンジ色の飴玉は、果物のような香りと甘酸っぱさを口いっぱいに満たしてくれる。
ただ、脳に糖分をぶち込むだけじゃない。味わって舐めると、また違った感覚が研ぎ澄まされる。
(いい刺激だ。たまにはこういうのもアリかも)
飴玉を咥えたままの間の抜けた発音で「陽太朗くんのおかげだね」というようなことを伝えると、彼は照れて、耳まで真っ赤になってしまった。
