おとなりの波佐間さん

 薄暗い部屋で創作活動に没頭していたその最中、珍しくインターホンが鳴った。
 最近は宅配も頼んでないし、編集なら電話での呼び出し。ご近所トラブルが面倒なのでその辺はそこそこきっちりしているつもりだから、あとは何が……と考えている間に、ドアの向こうで声がした。

「すみませーーーーん!」

 ああ、声がデカい。そんな大声で呼びかけられたら近所中に聞こえるだろ。
 仕方がないのでさっさと顔を出し、追い返そう。ドアノブに手をかけ、がちゃりと回すと、まず飛び込んできたのは……

(でっか……まぶしっ)

 久し振りの太陽を背負った、覆いかぶさるくらいの大きな影。
 まず最初に思ったのは、いいカラダしてるな……と。鍛え上げた肉体が長身を何倍にも大きく見せ、まるで肉の壁だ。
 そんなガタイにそぐわない、人の良さそうな面をした男は、俺を見るなり懐っこく笑った。

「……何か用?」

 アパートの住人はなんとなく把握しているが、こいつに見覚えはない。手ぶらだし、セールスマンとかでもなさそうだけど。

「あっ、そのっ、今度お隣に越して来ました! 犬尾陽太朗いぬおようたろうと……」
「うるさっ、声がでかい……わかった、じゃあね」

 しっしっと手で軽く追い払う仕草をして、返事を待たずにドアを閉めてしまう。今の俺にはいろんな意味で眩しすぎる。
 でかい気配が静かに去って行くのを聞きながら、疲労感に襲われ、ドアを背にずるずると座り込んだ。

(びっくりした……ええと、新しいお隣さんか……)

 確か名前は犬……犬、なんだっけ?

「よーたろー、とか言ってたかな……」

 今度会った時には、もうちょいマシな対応できるといいんだけど。
 ぐしゃぐしゃと頭を掻いて、俺は仕事道具パソコンの元へと戻った。
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