シグルスの章:狭間を生きる騎士

 騎士王国ディフェット……その名の通り優秀な騎士たちが守るその国で開催される剣術大会は、平和になった現在では他国からも見物客が訪れるほどのお祭りとなっていた。
 魔物もすっかり鳴りを潜め、外敵が減った穏やかな時代。騎士たちにとってほぼ唯一と言って良い、腕前を披露する機会が剣術大会である。

「大戦も遠くなりにけり、ってか。大衆にとってはもはや娯楽だよなあ、俺たちの剣も」

 舞台となっている広場から離れ、天幕に控える騎士たちの耳にも剣戟がぶつかり、交わる激しい音が届く。
 サックスブルーの髪に顎髭を生やした立派な鎧の男が欠伸混じりに呟いた。

(騎士団隊長ともあろう男が、呑気なものだな……)
「あ、シグルス。お前今『騎士団隊長ともあろう男が呑気なものだ』とか思ったろ?」
「!」

 シグルスと呼ばれた若い騎士――熟した葡萄を連想させる深紫の髪にスッと筆で引いたように切れ長の目は真紅。隣の男より簡素な鎧と制服だが整った顔立ちは微笑めば黄色い声援を浴びるであろう美形の、しかし仏頂面の青年は、図星を突かれて僅かに目を見開いた。

「わかりやすいんだよ、お前は。あと眉間にシワ寄せんな。お祭りの真っ最中だぞ」
「だからこそ気が抜けないのが俺たち騎士だろ、ブルック隊長。騎士団は縮小こそすれど、解散はしていないんだ」

 本当に何の心配もいらないなら、騎士団なんて必要ない。
 城や街の警備。時折人々に害をなす魔物の討伐。昔に比べれば規模は小さくなったが、それでも彼らの剣は必要とされる存在だ。

「いざ必要な時にまともに抜けないなまくらの剣じゃ困るだろ。実際、ここ数ヶ月は魔物の被害件数が増えている」
「かぁー、真面目だねぇ! けどお前さんのそういうとこ好きだぜ」

 そう笑いながらわしゃわしゃと雑にシグルスの頭を撫でると、無骨なガントレットが音を立てた。

「……俺にそう言う変わり者は隊長だけだ」
「また何か言われたのか?」
「問題ない」

 シグルスがそっとブルックの手を退けた瞬間、天幕の外でカランと地面に落ちる金属音。次いで、ひときわ大きな歓声が響いた。
 一歩、二歩。日陰を出てからゆるりと振り返るシグルスの口元には僅かに笑みが浮かぶ。

「言ってきた奴は、ちょうどこれから叩きのめす相手だ」

 どれどれ、と一枚の紙を取り出すブルック。今回の大会の出場者と対戦の組み合わせが書かれたそれに視線を落とし、ああ、と声を洩らした。

「なるほど新入りかぁ……馬鹿な奴だねぇ。俺の説教の方がまだ優しく済んだのにな」
「せめてなるべく早く済ませてやるさ」
「それがいい。行ってこい、シグルス!」

 光の下へと踏み出したシグルスを、拍手と歓声が出迎える。
 これから起こる事件など、まるで知る由もないように……
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