38EX:あの日、落ちてきた少女
「……そうでした。ドラゴニカへ運ばれる時うっすら意識を取り戻して……だから、ここの光景が少しだけ記憶に残っていたんですね」
過去の話を聞き終えたエイミは、そっと己の胸に手を当てた。
グリングランの外れにある、広い庭の小さな家。屋根の茶色と、周りの緑と。朧気に残っていた記憶が刺激され、かちりとピースがハマったようだった。
「そんなことがあったのに、空を飛ぶことを諦めなかったんだね」
「確かに、最初は少し怖かったんですけど……あの時、楽しかったのも事実なんです。ミューと一緒に、空を泳ぐように風を切って、どこまでも飛んでいく感覚……いつまでも、忘れられなかった」
『エイミ……』
失敗の恐怖よりも、またふたりで飛びたいと、そう思ったから。
今度は落ちたりしないようにひたすら己を鍛え続けた彼女は、ついに悲願を果たしたのだ。
「……ところで、だ。ひとつ聞き捨てならない発言があったな?」
「へ?」
にや、とシグルスが意味ありげな笑みを浮かべ、フォンドを見遣る。
「確か落ちてきたエイミを見て『てんし』……だとか? なるほど、天使に見えたのか?」
「なっ!?」
瞬間、てっぺんから湯気があがりそうなほど一気に赤面するフォンド。ややあって、エイミも「えっ」と驚きの声をあげる。
「ああ、言っとったな。わしは確かに聞いたぞ」
「それどころかそいつの意識がない間、手を握ってずっと離れなかったな、フォンド?」
「親父、ジャーマまで……!?」
いつから聞いていたのだろうか、ジャーマがひょっこり顔を出す。
普段ならこんな賑やかな場は鬱陶しがるくせに、どういう風の吹き回しだ、と睨むフォンドだったが、その一方で……
「ねぇねぇエイミ、思い出したの、この家のコトだけ? 手を握られてたこととかホントになんにも覚えてないの?」
「えっ!? えっと……」
サニーに無邪気に尋ねられたエイミが、ぽ、と赤らめた頬を両手で覆う。
「そういえば……とても素敵な筋肉に包まれていたような……」
「え」
「帰ってからしばらく、そのことばかり考えていたわ……あれはきっと、初恋だったのね……」
『はつ、こい……? 顔も覚えてなかったのに……?』
エイミの脳筋発言には慣れっこのはずのミューも、さすがに相棒の顔とラファーガの筋肉を交互に見、絶句した。
拳ひとつで戦うグリングランの英雄の肉体は、確かにこの場の誰よりも逞しい。とはいえ、これではあまりにも……
「エイミの初恋が、親父の筋肉……」
「は、はは……まいったな、これは……」
唖然とするフォンドの肩をぽんぽんと両サイドから叩く手。片方はシグルスの、もう片方はジャーマのものだった。
「おいフォンド。今からでも鍛えるぞ。目指すは“アレ”だ」
「さすがに気の毒になってきた。俺も付き合ってやろう。打倒ラファーガの大胸筋だ」
「なんだよお前らみんなして!?」
周囲からも生温かい目を向けられ、ぎゃあぎゃあと喚きだすフォンド。
そんな彼の背中を、エイミはじっと見つめる。
(あの時、痛みにうなされていたわたしに大丈夫だと呼びかけ続けてくれたのは、フォンドだったんですね……)
ありがとう。
ぽつりと小さく呟くと、その音の欠片を僅かに拾ったらしいフォンドが、不思議そうに振り向いた。
過去の話を聞き終えたエイミは、そっと己の胸に手を当てた。
グリングランの外れにある、広い庭の小さな家。屋根の茶色と、周りの緑と。朧気に残っていた記憶が刺激され、かちりとピースがハマったようだった。
「そんなことがあったのに、空を飛ぶことを諦めなかったんだね」
「確かに、最初は少し怖かったんですけど……あの時、楽しかったのも事実なんです。ミューと一緒に、空を泳ぐように風を切って、どこまでも飛んでいく感覚……いつまでも、忘れられなかった」
『エイミ……』
失敗の恐怖よりも、またふたりで飛びたいと、そう思ったから。
今度は落ちたりしないようにひたすら己を鍛え続けた彼女は、ついに悲願を果たしたのだ。
「……ところで、だ。ひとつ聞き捨てならない発言があったな?」
「へ?」
にや、とシグルスが意味ありげな笑みを浮かべ、フォンドを見遣る。
「確か落ちてきたエイミを見て『てんし』……だとか? なるほど、天使に見えたのか?」
「なっ!?」
瞬間、てっぺんから湯気があがりそうなほど一気に赤面するフォンド。ややあって、エイミも「えっ」と驚きの声をあげる。
「ああ、言っとったな。わしは確かに聞いたぞ」
「それどころかそいつの意識がない間、手を握ってずっと離れなかったな、フォンド?」
「親父、ジャーマまで……!?」
いつから聞いていたのだろうか、ジャーマがひょっこり顔を出す。
普段ならこんな賑やかな場は鬱陶しがるくせに、どういう風の吹き回しだ、と睨むフォンドだったが、その一方で……
「ねぇねぇエイミ、思い出したの、この家のコトだけ? 手を握られてたこととかホントになんにも覚えてないの?」
「えっ!? えっと……」
サニーに無邪気に尋ねられたエイミが、ぽ、と赤らめた頬を両手で覆う。
「そういえば……とても素敵な筋肉に包まれていたような……」
「え」
「帰ってからしばらく、そのことばかり考えていたわ……あれはきっと、初恋だったのね……」
『はつ、こい……? 顔も覚えてなかったのに……?』
エイミの脳筋発言には慣れっこのはずのミューも、さすがに相棒の顔とラファーガの筋肉を交互に見、絶句した。
拳ひとつで戦うグリングランの英雄の肉体は、確かにこの場の誰よりも逞しい。とはいえ、これではあまりにも……
「エイミの初恋が、親父の筋肉……」
「は、はは……まいったな、これは……」
唖然とするフォンドの肩をぽんぽんと両サイドから叩く手。片方はシグルスの、もう片方はジャーマのものだった。
「おいフォンド。今からでも鍛えるぞ。目指すは“アレ”だ」
「さすがに気の毒になってきた。俺も付き合ってやろう。打倒ラファーガの大胸筋だ」
「なんだよお前らみんなして!?」
周囲からも生温かい目を向けられ、ぎゃあぎゃあと喚きだすフォンド。
そんな彼の背中を、エイミはじっと見つめる。
(あの時、痛みにうなされていたわたしに大丈夫だと呼びかけ続けてくれたのは、フォンドだったんですね……)
ありがとう。
ぽつりと小さく呟くと、その音の欠片を僅かに拾ったらしいフォンドが、不思議そうに振り向いた。
4/4ページ
