38EX:あの日、落ちてきた少女

 ――五年前の“その時”も、何もない穏やかな一日のひとつとして過ぎるはずだった。
 まだあどけなさの残るフォンドとジャーマの稽古をつけていたラファーガは、片手でふたりまとめてあしらいながら、彼らの成長や足りない部分を見極めていた。
 その時だった。ドォン、と雷か爆弾でも落とされたような音と共に、屋根に大穴が開いたのは……

「なっ、なんだぁ!?」
「わからん……魔物か? フォンド、ジャーマ。危ないからふたりはここにいろ」

 半人前扱いされたとむくれる子どもたちには「魔物が中にいるなら三人もいたら狭いだろう」と納得させて。
 こういう時、己の体を一番の武器としている拳士は動きやすい。最低限の装備に警戒を纏い、息を潜めて家の中に入る。

(血の匂い……人、いや、竜? それならドラゴニカの……?)

 ラファーガが子どもたちを置いて来たのには、もうひとつ理由があった。彼は“人一倍”鼻がきくのだ。
 その嗅覚で空からの侵入者が何者なのか、どれほど危険なのか、おおよその見当をつけられる。
 どうやら危険はなさそうだとわかり、ラファーガの全身から僅かに力が抜けた。

「子供……か」

 穴の開いた天井から射し込む陽の光に照らされて、食卓だった残骸の上にぐったり横たわる、傷だらけの幼い少女。
 光を受けてきらきらと煌めく淡い水色の髪は柔らかく艶やかで、白い肌はまるで輝くよう。
 傍らには丸みを帯びた蛇のような子竜も、少女ほどの怪我を負ってはいないが、墜落のショックでか気を失っていた。

「てんし……?」

 そう呟いたのはラファーガではなく、その後ろ。いつの間にかついて来ていたフォンドだった。

「お、お前っ……!」
「おわっ、悪かったよ言いつけ破って! けど、その子早く何とかしないとっ……!」
「……ああ、わかっている。手当てをするからあっちに行ってろ」

 フォンドは渋々、外から窺っていたジャーマの方は魔物でないとわかれば興味が失せたようで、さっさと庭へ戻っていった。
 やれやれと溜息をついて少女を抱き上げると、あまりにもか細く軽い。

(飛行の練習で遠くまで来すぎて、力尽きて落ちてしまった、といったところか……応急処置を済ませたら、とりあえずグリングランの竜騎士隊に連絡するか)

 薬箱どこだったかな、と呟きながらベッドに少女と竜を寝かせ、ラファーガは部屋の引き出しを漁り始めた。
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