29EX:異文化交流?
服屋の扉が再び開いたのは、それから二時間後のこと。
ぐったりした様子で出てきたシルヴァンの格好は、しっかりと彼にあわせた旅人風のものにかわっていた。
「さ、さすがに疲れた……」
「でもよくお似合いですよ。動きやすそうですし」
「そうだな。生地の肌触りも良いし、デザインもしっくりくるように思える」
シルヴァンの青みがかった黒髪と不思議な輝きをもつ銀色の瞳にあわせ、彩度を抑え落ち着いた深い青で全体的に明る過ぎないバランスでまとめた衣装。
マントと同じ濃紺色のターバンは彼自身の希望で、頭部を隠すように巻かれている。
ところどころに煌めく銀のアクセサリーはさり気ない程度で、このくらいの飾り気なら旅をするにも邪魔にならない。
この衣装に決定するまで延々行われたファッションショーは見ているぶんには楽しかったが、着せられた当人にはたまったものではないだろう。
「いかにも王子様な衣装よりずっといいぜ。まぁ、まだチラチラ見てる女の子はいるけど……」
『王子様のキラキラは完全には消せなかったわねぇ』
目立たない服装でもこの辺りでは見かけないタイプの目を引く美形であることには違いなく、フォンドの言う通り今でもすれ違いざまにハッとして思わず振り向いたり、通りすがりに頬を赤らめながらじっと見つめる女性もいた。
「それにしても、長い時間つき合わせてしまったな。お陰で良い買い物ができた」
「気に入ったなら良かったぜ。服屋の姉ちゃんも喜ぶ」
「ああ。魔族であることを知らないとはいえ、彼女にはとてもよくしてもらった……不思議な心地だが、申し訳なく思う」
この町をめちゃくちゃにしたのは魔族で、その仲間である自分も憎まれて当然の存在なのに。
シルヴァンがそう言うと、フォンドが反射的に一歩踏み込み、力強い握りこぶしを作る。
「お前が何かしたワケじゃねえだろ? オレたちのこと助けてくれたんだし」
「そうですよ。確かにわたしも貴方の話を聞くまでは、魔族全体を憎んでいましたが……人間と同じように魔族にもいろんな人がいて、個人同士では仲良くなれると知りました」
もちろん、今日明日では難しいだろうし、道のりは平坦ではない。それでも、可能性は生まれたのだ。
たいせつなものを奪われ、怒りで理性を失いそうになるほど魔族を憎んでいたエイミから、そんな穏やかな言葉が出てきて、思わずミューは目を伏せた。
「そもそも、わたしの国ドラゴニカの成り立ちがそうでしたから」
「確か、人魔封断の戦いの最中、人間の女の子と竜の王様が心を通わせて……だっけか。なんだ、もう前例があるんじゃねえか」
ひゅう、と風が通り抜け、シルヴァンのマントを靡かせる。
異種族の交流は、不可能なことではない――彼の心に、そう刻みつけて。
「フォンド、エイミ……ありがとう。心から感謝する」
シルヴァンが微笑むと、ミューの言う“キラキラ”がより一層強く増して発せられた。
蔑まれ、比べられ、常に張り詰めて生きてきた魔族の王子の素の笑顔はとろけるようで、道行く乙女が見たら卒倒するほどのものだったと後にミューは語る。
ぐったりした様子で出てきたシルヴァンの格好は、しっかりと彼にあわせた旅人風のものにかわっていた。
「さ、さすがに疲れた……」
「でもよくお似合いですよ。動きやすそうですし」
「そうだな。生地の肌触りも良いし、デザインもしっくりくるように思える」
シルヴァンの青みがかった黒髪と不思議な輝きをもつ銀色の瞳にあわせ、彩度を抑え落ち着いた深い青で全体的に明る過ぎないバランスでまとめた衣装。
マントと同じ濃紺色のターバンは彼自身の希望で、頭部を隠すように巻かれている。
ところどころに煌めく銀のアクセサリーはさり気ない程度で、このくらいの飾り気なら旅をするにも邪魔にならない。
この衣装に決定するまで延々行われたファッションショーは見ているぶんには楽しかったが、着せられた当人にはたまったものではないだろう。
「いかにも王子様な衣装よりずっといいぜ。まぁ、まだチラチラ見てる女の子はいるけど……」
『王子様のキラキラは完全には消せなかったわねぇ』
目立たない服装でもこの辺りでは見かけないタイプの目を引く美形であることには違いなく、フォンドの言う通り今でもすれ違いざまにハッとして思わず振り向いたり、通りすがりに頬を赤らめながらじっと見つめる女性もいた。
「それにしても、長い時間つき合わせてしまったな。お陰で良い買い物ができた」
「気に入ったなら良かったぜ。服屋の姉ちゃんも喜ぶ」
「ああ。魔族であることを知らないとはいえ、彼女にはとてもよくしてもらった……不思議な心地だが、申し訳なく思う」
この町をめちゃくちゃにしたのは魔族で、その仲間である自分も憎まれて当然の存在なのに。
シルヴァンがそう言うと、フォンドが反射的に一歩踏み込み、力強い握りこぶしを作る。
「お前が何かしたワケじゃねえだろ? オレたちのこと助けてくれたんだし」
「そうですよ。確かにわたしも貴方の話を聞くまでは、魔族全体を憎んでいましたが……人間と同じように魔族にもいろんな人がいて、個人同士では仲良くなれると知りました」
もちろん、今日明日では難しいだろうし、道のりは平坦ではない。それでも、可能性は生まれたのだ。
たいせつなものを奪われ、怒りで理性を失いそうになるほど魔族を憎んでいたエイミから、そんな穏やかな言葉が出てきて、思わずミューは目を伏せた。
「そもそも、わたしの国ドラゴニカの成り立ちがそうでしたから」
「確か、人魔封断の戦いの最中、人間の女の子と竜の王様が心を通わせて……だっけか。なんだ、もう前例があるんじゃねえか」
ひゅう、と風が通り抜け、シルヴァンのマントを靡かせる。
異種族の交流は、不可能なことではない――彼の心に、そう刻みつけて。
「フォンド、エイミ……ありがとう。心から感謝する」
シルヴァンが微笑むと、ミューの言う“キラキラ”がより一層強く増して発せられた。
蔑まれ、比べられ、常に張り詰めて生きてきた魔族の王子の素の笑顔はとろけるようで、道行く乙女が見たら卒倒するほどのものだったと後にミューは語る。
