少女は広い世界へと
空が暗くなっていくと共に祭の準備は進み、次第に運ばれてくる料理の匂いが食欲をそそる。
下層部の住民は明日食べるものさえ困る状態だったというが、これは悪魔が溜め込み、せき止めていたからであった。
がっつりした肉料理から胃に優しいスープ、色とりどりのフルーツまで。悪魔に奪われていたものは、人々を喜ばせるために生まれ変わった。
「そろそろお祭りが始まるね。悪魔になんか負けないぞってカンジだ」
バルコニーの手すりに上体を預け、下を覗き込みながらサニーが目を細める。
「ああ。これから立ち上がり、前へと進んでいくための景気づけだ」
それは広い世界に旅立つサニーや、同じくこの国を救ってくれた者たちにとっても同じことだ。
この祭は彼らのため、今のミスベリアができる精一杯の恩返しであり、エールでもある。
「わ、音楽も聴こえてきた! アタシも後で踊っちゃおっかなー」
「ふふ、それは楽しみだ。そなたの踊りを目の前で見るのは初めてだからな」
「ホント? じゃあ今日の最初のお客さんはレインにしよっかな」
既に気持ちが抑えられないのか、微かに聴こえてくるリズミカルな音にあわせてひらりひらりと手足を動かしだしたサニーに、くすくすと笑うレイン。
ふと彼は思い立ち、少女をじっと見つめた。
「……サニー、ひとつ尋ねても良いだろうか」
「なに?」
「そなたはどうして義賊に……“正義の味方”になろうと思ったのだ?」
昼間は街角で陽気に踊る少女のもうひとつの顔。夜闇に紛れて人知れず、貴族の屋敷に忍び込んで……目的自体は正義のためとは言いながら、その手段は褒められたものではなく、危険も大きい。
「でも、レインはあの時アタシを頼ったでしょ? 正面からじゃどうしようもなかったから」
「あ……」
「普段は町で情報収集してターゲットを見つけてるんだけどね。依頼って形になったのはあれが初めてだった。義賊として頼られて、嬉しかったよ」
その言葉に偽りはなく、へへ、と屈託ない笑顔。
それでいて、少女の声音はいつもより少し大人びて。
「王様の力は大きい。事実この町は王様のお陰でだいぶ立ち直ったよ。けど、真っ当なやり方では動かせないものもある……そういうものの“裏口”を見つけて、陰ながらなんとかする存在も今は必要なんだよ」
「陰ながら、なんとかする……」
「……なんて、じっちゃんの受け売りなんだけどね」
サニーの“じっちゃん”といえば、一緒に暮らしていて去年亡くなったという話はレインも以前に聞いている。
「サニーの祖父も義賊だったのか?」
「ううん、血は繋がってないよ。でも凄腕の義賊で、アタシを育てていろんな技術を叩き込んでくれたひと」
まだほんの小さな少女を腕利きの義賊に育てあげたという人物。もしかしたらその男は、父が国を立て直す裏で密かに活躍していたのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふわりと優しい風が吹いた。
「じっちゃんが生きてても、アタシを送り出したと思う。正義の味方は今、このミスベリアの外に……この世界に、必要なんだよ」
「サニー……」
「必ず帰ってくるよ、レイン。それまでにミスベリアがどれだけいい町になってるか、楽しみにしてる」
人々のざわめきと楽しげな音楽が微かに届くバルコニーで、正義の味方は微笑む。
「そう言われたら、張り切るしかないな」
王子もまたにっこりと笑って、その言葉を受け止めた。
月の光がやわらかく降り注ぐ夜。祭は、間もなく幕を開ける。
下層部の住民は明日食べるものさえ困る状態だったというが、これは悪魔が溜め込み、せき止めていたからであった。
がっつりした肉料理から胃に優しいスープ、色とりどりのフルーツまで。悪魔に奪われていたものは、人々を喜ばせるために生まれ変わった。
「そろそろお祭りが始まるね。悪魔になんか負けないぞってカンジだ」
バルコニーの手すりに上体を預け、下を覗き込みながらサニーが目を細める。
「ああ。これから立ち上がり、前へと進んでいくための景気づけだ」
それは広い世界に旅立つサニーや、同じくこの国を救ってくれた者たちにとっても同じことだ。
この祭は彼らのため、今のミスベリアができる精一杯の恩返しであり、エールでもある。
「わ、音楽も聴こえてきた! アタシも後で踊っちゃおっかなー」
「ふふ、それは楽しみだ。そなたの踊りを目の前で見るのは初めてだからな」
「ホント? じゃあ今日の最初のお客さんはレインにしよっかな」
既に気持ちが抑えられないのか、微かに聴こえてくるリズミカルな音にあわせてひらりひらりと手足を動かしだしたサニーに、くすくすと笑うレイン。
ふと彼は思い立ち、少女をじっと見つめた。
「……サニー、ひとつ尋ねても良いだろうか」
「なに?」
「そなたはどうして義賊に……“正義の味方”になろうと思ったのだ?」
昼間は街角で陽気に踊る少女のもうひとつの顔。夜闇に紛れて人知れず、貴族の屋敷に忍び込んで……目的自体は正義のためとは言いながら、その手段は褒められたものではなく、危険も大きい。
「でも、レインはあの時アタシを頼ったでしょ? 正面からじゃどうしようもなかったから」
「あ……」
「普段は町で情報収集してターゲットを見つけてるんだけどね。依頼って形になったのはあれが初めてだった。義賊として頼られて、嬉しかったよ」
その言葉に偽りはなく、へへ、と屈託ない笑顔。
それでいて、少女の声音はいつもより少し大人びて。
「王様の力は大きい。事実この町は王様のお陰でだいぶ立ち直ったよ。けど、真っ当なやり方では動かせないものもある……そういうものの“裏口”を見つけて、陰ながらなんとかする存在も今は必要なんだよ」
「陰ながら、なんとかする……」
「……なんて、じっちゃんの受け売りなんだけどね」
サニーの“じっちゃん”といえば、一緒に暮らしていて去年亡くなったという話はレインも以前に聞いている。
「サニーの祖父も義賊だったのか?」
「ううん、血は繋がってないよ。でも凄腕の義賊で、アタシを育てていろんな技術を叩き込んでくれたひと」
まだほんの小さな少女を腕利きの義賊に育てあげたという人物。もしかしたらその男は、父が国を立て直す裏で密かに活躍していたのかもしれない。
そんなことを考えていると、ふわりと優しい風が吹いた。
「じっちゃんが生きてても、アタシを送り出したと思う。正義の味方は今、このミスベリアの外に……この世界に、必要なんだよ」
「サニー……」
「必ず帰ってくるよ、レイン。それまでにミスベリアがどれだけいい町になってるか、楽しみにしてる」
人々のざわめきと楽しげな音楽が微かに届くバルコニーで、正義の味方は微笑む。
「そう言われたら、張り切るしかないな」
王子もまたにっこりと笑って、その言葉を受け止めた。
月の光がやわらかく降り注ぐ夜。祭は、間もなく幕を開ける。
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