少女は広い世界へと

 白き宮殿のバルコニーから見下ろす夜のミスベリアは、自然とこぼれるような喜びに包まれていた。
 ほんの少し前までは、誰もが俯いて、あるいは正気をなくして……今はまるで、これまでの時間を取り戻すように、皆がいそいそと祭の支度を進めている。

「……この光景をつくりだしたのは、そなたたちだ」

 万感の想いを乗せ、噛み締めるようなレインの言葉に、サニーの胸もきゅっと締めつけられる。
 悪魔に蝕まれていく国に、己の無力さに王子としてどれだけ心を痛めていたか……その一端だけでも触れたことがあるサニーには、感じるものもひとしおだった。

「あのね、レイン。レインはアタシに“自分をここまで連れてきた力がある”って言ってくれたよね?」
「? ああ、そうだな」
「レインにもあるよ。悩んで、動いて。助けを求めて手を差し出して……」

 サニーは確かに義賊として活動していたが、悪魔の企みを知り、宮殿に忍び込んだのはレインの手引きあってこそだ。
 そしてその後も動き続けた結果、ディフェットに助けを求めることができた。

「レインが動いてなかったら、取り返しのつかない犠牲が生まれていたかもしれないんだ」
「サニー……」

 民に犠牲が出ていなかったのは、悪魔の糧である“澱み”をより多く長期的に搾り取るためだったのではないかと考えられているが、それでもあの状態が長く続けば子供や老人、体の弱い者から命を落としていた可能性も高い。
 そして、犠牲が出たら“それはそれ”なのだろう。悪魔にとって人間は、糧を生み出すだけのものなのだから。

「だから、今のこの景色はレインも一緒につくったものなんだよ」

 一歩、二歩。前に出てレインを振り返ると、衣装の飾りがシャンと鳴る。
 やわらかな暖色の町の灯りを背に、サニーが白い歯を見せて笑いかけた。

「……ありがとう。そなたに出逢えてよかった」
「アタシもだよ、レイン」

 ふふ、と交わされる笑み。だがやがてレインの瞳が寂しげに陰る。

「サニー……やはり旅に出るつもりか?」
「うん」
「それはそなたが“正義の味方”だからか」
「うん、そうだよ」

 澱みない返事と、燃えるようなサニーの瞳。
 ミスベリアは救われたが、長く人々を苦しめた悪魔は今もどこかで暗躍している。
 それを知ってしまった彼女の中で、この町に留まり平穏に暮らす選択肢はとっくになくなっていた。

「テプティだけじゃない。アタシがこの旅で見てきた世界はまだほんの一部だけど、その短い間でたくさんの脅威と、それに苦しめられてる人たちを見てきたんだ」
「そうか……」

 実際、レイン自身もテプティ以外の悪魔の存在を目の当たりにしていたし、他にも千年前の女神の封印から再びこの世界に現れたものがあるという。
 もう、ミスベリアだけの問題ではないのだ。

「それならば、私にできることはミスベリアをより良くしていくことだ。そなたが帰ってくる場所だからな」
「うん!」

 だから、必ず帰ってくるのだぞ。
 そう言って差し出したレインの右手を、サニーは強く握り返した。
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