やがて、朝を迎えるまで

 悪魔によって本来の姿を失っていた騎士王国ディフェットを取り戻し、いよいよ次はミスベリアへ向かう前夜のこと。
 騎士団の隊長で上司、そして親代わりでもあるブルックの家で久々にゆったりとした時間を過ごすシグルスは、テーブルに置かれたホットコーヒーの香気を軽く吸い込み、ひと息ついた。

「最初に旅に出る時も、こうやってコーヒー出したっけな」

 シグルスに向き合うようにして自分もテーブルにつくと、ブルックはしみじみと呟く。
 凪いだサックスブルーの瞳が、湯気を立てるカップから切れ長の赤い瞳へと視線を移した。

「それで、わざわざ来たってことは何か話があるんだな?」
「お見通しか……」
「そりゃお前、騎士になってからは自分からこんな夜に来ることも滅多になかっただろ」

 俺から誘うことはあってもな、とブルックは笑う。
 すましているようで、シグルスの言動は長年見てきた彼にとっては“わかりやすい”のである。

「仕方ないだろ。隊長様の家へ下っ端騎士のハーフエルフが足繁く通うと媚を売っているだの何だのと言われるんだ」
「んなこったろうと思った。お前さんの実力は折り紙付きなのにな」
「その実力で勝てないから無理矢理に理由をつけて納得してるんだろ? 同情を誘って贔屓されてるとかな」

 シグルスは虐げられてへこたれるような素直な男ではない。文句を言う奴、下に見る奴は相手にしないか、もしくは腕っ節で捻じ伏せてきたのだ。
 そんな性分は一部の者の妬みを加速させたが、大半は騎士団でも長続きしないような人物だったし、逆にシグルスを認める者も少なからず現れるきっかけとなった。
 表立って好意を示してくれるのはブルックとディフェット王くらいのものだったが、それでもわざわざ突っかかってこない、放っておいてもらえるのはシグルスにとってはありがたいもので……

「まあ、そんな話はいい。聞きたいことでもあるんだろ?」
「ああ」

 ブルックに促され、シグルスは目を閉じてひと呼吸。ゆっくりと顔を上げ、ブルックを見つめた。

「隊長は俺の父親と親友同士なんだよな。俺の両親について……知っていることを話してくれないか」
「!」

 テーブルに何気なく置かれていたブルックの手に、ぎゅっと力が入る。
 シグルスは幼い頃に父親を亡くし、それからすぐに母親とも離れ離れになっていた。
 ふたりについての記憶はほとんどなく、彼が知っているのは父親がこの国の騎士で母親がエルフだったという情報のみ。

「ついに、その時が来たんだな……」

 わかったよ。
 小さくそう返すと、ブルックは昔語りを始めるのだった。
1/3ページ
スキ