オトナの世界

 そして、翌朝。
 一足先に宿の外で待っていたエイミとミューのもとに、すっかり元気になったフォンドと、大きなあくびをしながらモーアンがゆったりと出てきた。

「フォンド。もう具合は大丈夫ですか?」
「なんか苦い薬飲まされたけど、お陰でスッキリだ」
『あらあら。おこちゃまがよく飲めたわねぇ』

 昨夜のような心配した素振りは見せず、にやにやしながらからかうミューに、フォンドがむっと口を尖らせる。
 僕からしたらどっちもお子様なんだけどな、などとは口に出さずモーアンは彼らを微笑ましく眺めていた。

「それにしても、お酒って恐ろしいんですね。フォンドほどの人があんなことになるなんて……」
「エイミの周りでは飲む人はいなかったのかい?」

 エイミの驚きぶりから察するに、酔い潰れる人を見ること自体は初めてなのだろう。
 けれどもモーアンの問いに、彼女はふるふると首を横に振る。

「いえ、飲む人はたくさんいました。今思えばお酒好きが多かった気がします」
『何杯飲んでも顔色ひとつ変えないのよね。潰れる人はいなかったわ』
「そうね。特に姉様と伯母様は底無しだったわね……」

 エイミとミューのそんな言葉に、ふとフォンドの脳裏に故郷の酒場での光景がよぎる。
 グリングランとドラゴニカは隣国で、互いに食糧と兵力を出し合って共生する仲。フォンドも幼い頃からグリングランを守る竜騎士たちの姿をよく目にしていた。
 美人揃いの竜騎士たちが笑顔でジョッキを空にして、周りの男たちを酔い潰していたことも……

「言われてみれば、グリングランの警備隊の姉ちゃんたちもすげえ飲んでた気がする……」
『竜って基本的にウワバミなのよね。その血が入ってるからかしら? ドラゴニカはお酒強い人ばっかりなのよ』

 と、いうことは。
 フォンドとモーアンの視線が、一斉にエイミに集められた。

「エイミもそうなるってことか……?」
「しかも底無しのお姉さんたちがいるみたいだし……」

 互いに目配せをし、なんとなく声を潜めるふたり。
 豪快に酒を飲み干すエイミ、なんて光景は、どうにも想像がつかないものだが……
 彼女がまだ未成年であったことは、幸いというか少し残念というべきか。

「お酒……オトナの世界……やっぱり少し憧れちゃいますね」
「オレはちょっと怖くなってきたわ……」

 そう遠くない将来踏み入れることになるオトナの世界。
 まだ見ぬそれに胸を躍らせる初々しい少女が、果たしてどう成長するのか……未来のことは、誰にもわからないのであった。
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