モーアンの章:神殿の何でも屋さん
「チビちゃん、僕の後ろに隠れて!」
まずそう叫びながら飛び掛かってくる小型の獣を杖で払い、弾き飛ばす。
言葉が通じたのかそれとも本能か、モーアンの長身の背後に素早く回った子犬は、どうやら怪我をしているようだった。
(すぐに探しに出て良かった。あと少し遅かったら……)
一撃で倒しきれなかった魔物が再びこちらに狙いを定めるのを見て、杖を握る手に力が入る。
(今のでまだ来るのか!? なんだか、いつもより凶暴で強いような……?)
見た目はきらめきの森や各地によくいる、長い耳が特徴の愛らしささえ覚える獣型の小さな魔物。中には穏やかな気質で退治の必要もないような個体もいるが、この魔物はつぶらな瞳をぎらつかせ、長い牙を剥き出しにして襲いかかる気満々だ。
「……ん?」
と、その体に黒いモヤを纏っているように見え、モーアンの目が怪訝そうに瞬いた。
気のせいだろうか。今のは一体……しかし、考え込む余裕などあるはずもなく。
「モーアンっ!」
「うわっ!」
ノクスの声がしたかと思えば、バシュッと音を立て、魔物めがけて一気に光が収束する。ノクスが得意としている光魔法の初級攻撃術だ。
平和な時代となって久しい今、ほとんどがルクシアルや結界の内部で活動する神官たちは、回復魔法は扱えても攻撃魔法までは習得していないことが多いという。
「大丈夫か、モーアン!」
「あ、ありがとう……さすがノクスだ。すごいや」
魔物の軽い体躯は吹っ飛び、ボールのように二、三度弾むとそれきり動かなくなった。
黒いモヤが、すうっと魔物から離れ、消えていく。
(見間違いじゃなかったか。あれは一体……)
と、そんな光景に釘づけになっていたモーアンの額に、ノクスが思いっきり指を弾いて意識を引き戻した。
「あたっ!?」
「この期に及んで考え事かよ。わんこも見つけたし、帰るぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれないかい? 先にこの子の怪我を治さないと」
モーアンは子犬の傍にしゃがみこむと、胴体についた傷に手をかざし、静かに目を閉じる。
「チビちゃん……痛かったよね。すぐ治してあげるよ」
ノクスが放った鋭い攻撃術とは違い、ふんわりあたたかな光が集まりだす。
傷が消えたことを確認すると、モーアンは子犬の鼻先に少女のリボンを近づけた。
「もう大丈夫だよ。一緒に帰ろう」
優しい声と笑顔を向けられ、子犬は応えるようにワンと一声鳴く。
それから森を出て飼い主の家に着くまで、ぴったりとふたりの後を着いて来て……
「チビぃ!」
帰るなり飛びつくように抱きしめる少女の腕の中で、尻尾をぶんぶんと振る子犬。
後ろで頭を下げる少女の母親と、涙を流しながら繰り返し礼を言う少女に手を振り、モーアンたちは帰路につくのだった。
「やぁ、良かった良かった。きみのお陰で無事なんとかなったよ」
「俺がついて来て良かったろ?」
「ホントにね。ありがとう、ノクス」
実際、ノクスの攻撃魔法がなければモーアンも大怪我を負っていたり、子犬を守りきれなかった可能性がある。きらめきの森にはそんなに強い魔物は出なかったはずなのに……ふと、モーアンが口許に手を置く。
「さっきの魔物は何か妙だった……チビちゃんは、もしかしたら森の異変を感じ取っていたのかもしれないね」
「それであの子を守るために駆け出した、って? まあ、気になる感じではあったけどな……」
ノクスはそこで言葉を止め、森がある方をじっと見つめる。
菫色のその目がすうっと細められるのを、モーアンは見逃さなかった。
まずそう叫びながら飛び掛かってくる小型の獣を杖で払い、弾き飛ばす。
言葉が通じたのかそれとも本能か、モーアンの長身の背後に素早く回った子犬は、どうやら怪我をしているようだった。
(すぐに探しに出て良かった。あと少し遅かったら……)
一撃で倒しきれなかった魔物が再びこちらに狙いを定めるのを見て、杖を握る手に力が入る。
(今のでまだ来るのか!? なんだか、いつもより凶暴で強いような……?)
見た目はきらめきの森や各地によくいる、長い耳が特徴の愛らしささえ覚える獣型の小さな魔物。中には穏やかな気質で退治の必要もないような個体もいるが、この魔物はつぶらな瞳をぎらつかせ、長い牙を剥き出しにして襲いかかる気満々だ。
「……ん?」
と、その体に黒いモヤを纏っているように見え、モーアンの目が怪訝そうに瞬いた。
気のせいだろうか。今のは一体……しかし、考え込む余裕などあるはずもなく。
「モーアンっ!」
「うわっ!」
ノクスの声がしたかと思えば、バシュッと音を立て、魔物めがけて一気に光が収束する。ノクスが得意としている光魔法の初級攻撃術だ。
平和な時代となって久しい今、ほとんどがルクシアルや結界の内部で活動する神官たちは、回復魔法は扱えても攻撃魔法までは習得していないことが多いという。
「大丈夫か、モーアン!」
「あ、ありがとう……さすがノクスだ。すごいや」
魔物の軽い体躯は吹っ飛び、ボールのように二、三度弾むとそれきり動かなくなった。
黒いモヤが、すうっと魔物から離れ、消えていく。
(見間違いじゃなかったか。あれは一体……)
と、そんな光景に釘づけになっていたモーアンの額に、ノクスが思いっきり指を弾いて意識を引き戻した。
「あたっ!?」
「この期に及んで考え事かよ。わんこも見つけたし、帰るぞ」
「あっ、ちょっと待ってくれないかい? 先にこの子の怪我を治さないと」
モーアンは子犬の傍にしゃがみこむと、胴体についた傷に手をかざし、静かに目を閉じる。
「チビちゃん……痛かったよね。すぐ治してあげるよ」
ノクスが放った鋭い攻撃術とは違い、ふんわりあたたかな光が集まりだす。
傷が消えたことを確認すると、モーアンは子犬の鼻先に少女のリボンを近づけた。
「もう大丈夫だよ。一緒に帰ろう」
優しい声と笑顔を向けられ、子犬は応えるようにワンと一声鳴く。
それから森を出て飼い主の家に着くまで、ぴったりとふたりの後を着いて来て……
「チビぃ!」
帰るなり飛びつくように抱きしめる少女の腕の中で、尻尾をぶんぶんと振る子犬。
後ろで頭を下げる少女の母親と、涙を流しながら繰り返し礼を言う少女に手を振り、モーアンたちは帰路につくのだった。
「やぁ、良かった良かった。きみのお陰で無事なんとかなったよ」
「俺がついて来て良かったろ?」
「ホントにね。ありがとう、ノクス」
実際、ノクスの攻撃魔法がなければモーアンも大怪我を負っていたり、子犬を守りきれなかった可能性がある。きらめきの森にはそんなに強い魔物は出なかったはずなのに……ふと、モーアンが口許に手を置く。
「さっきの魔物は何か妙だった……チビちゃんは、もしかしたら森の異変を感じ取っていたのかもしれないね」
「それであの子を守るために駆け出した、って? まあ、気になる感じではあったけどな……」
ノクスはそこで言葉を止め、森がある方をじっと見つめる。
菫色のその目がすうっと細められるのを、モーアンは見逃さなかった。