モーアンの章:神殿の何でも屋さん

 きらめきの森。神殿の裏手、北部にひろがる比較的魔物の少ない森で、一番の特徴はキラキラと空中を漂う光の粒子だ。
 穏やかで神秘的な森だが、その奥には入口が封鎖され滅多に人が立ち入ることがない険しい霊峰が聳えており、きらめきの森はその門とも言われている。
 雲を纏うような山の頂は、ここからは霞んで見ることができない。

「やっぱり花畑にはいないか……おーい、チビちゃんやぁい」

 間延びした声が森の奥へと吸い込まれ、消えていく。
 道すがらノクスに経緯の説明を終えたモーアンは、森に着くとさっそくここで行方がわからなくなったという犬を探し始める。

「子供が飼ってるわんこねぇ……俺達が呼んでも逆に逃げられちまわないか?」
「一応、彼女のリボンを借りてきてみたよ。匂いでわかってくれればいいけど」

 護身用に杖を携え、ざくざくとふたりぶんの足音をさせて。
 辺りを見回しながら道なりに進んでいくと、その先は二手に分かれていた。

「別々に探すか。俺は左へ行く」
「そうだね。じゃあそっちはよろしく」
「ぼーっと考え事して、どっかに足引っ掛けて転ぶなよ?」
「やだなぁ、いつの話をしているんだい?」
「三日前だろ」

 そんな軽いやりとりを交わして、それぞれの道へ。
 ひとりになって舌の根も乾かぬうちに、モーアンの思考は動き始める。これはもう彼の性分なのだ。

(……ノクス、明るくなったな。一時期が嘘みたいだ)

 いつも明るく気さくな友人・ノクス。しかしそんな彼の心に大きな影が落ちたことがあった。
 ルーチェ。大神官の娘で心優しく聡明な、ノクスにとって将来を約束した女性だったが、同時に今となってはその名前は彼の前ではすっかり禁句となってしまったものだ。

(あの日の光景は、いつだって鮮明に思い出せる……彼から笑顔が消えた日)

 血の気が引いた顔は、もう二度と微笑むことはない。泣き叫ぶノクスに縋りつかれ、力なくぐったりと横たわる彼女は……

(彼女はどうして、命を落としたのか……)

 彼女の死には、不可解な点が多い。特に持病などがある様子ではなかったし、ノクスの話では一緒にこの森を散歩中に目の前で突然倒れたという。
 近くには魔物も、人もいなかった。ノクス以外は誰も。
 だからこそ、ノクスは長い間無力感に苛まれていたのだから……

(あれから一年。今となっては調べる術はない……それに、せっかくノクスが元気を取り戻したんだから、僕が掘り返していい案件じゃないよな)

 とはいえ、すぐ思考の海にぷかぷかと身を任せてしまうモーアンにとって、考えないようにするのは難しい。まして、当時の現場に足を踏み入れたのならば。

(そういえば、現場はこっちの方だったな)

 先程ノクスが反対方向を選んだのは、やはり避けていたからだろうか……嫌なことを思い出す場所を。
 それでも森まで来てくれたのは、ひょっとしたら……

 ――ガサッ!

「チビちゃん?」

 木々の間から飛び出した影を認めて、モーアンの表情が驚き、喜び、そしてまた驚きに変わる。

「えっと、それは……お友達、かい……?」

 件の子犬は、無事に彼の前に姿を現した。ただし、後ろにぴょんぴょん飛び跳ねる魔物も一匹連れて。
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