モーアンの章:神殿の何でも屋さん
中央大陸、まさに世界の中心とも呼べる場所に、大きな信仰都市があった。
輝ける都ルクシアル。世界最大の神殿に女神を祀り、神官たちが日々祈りを捧げるそこにはあらゆる悩みをもった迷える人々が集まる。
彼らの悩みは小さなものから大きなものまで。それらを女神の代理人として聞くのも、神官の仕事のひとつだ。
「あのね、モーアンさま。チビが、チビがいなくなっちゃったの!」
「チビ……?」
本来、ルクシアルの神官はこんな子供の相談は話だけ聞いて終わりか、そもそも届かないことも多い。だが、このモーアン――ふわふわの胡桃色の髪を後ろで束ねた、薄緑の目の優しげなまなざしをした神官服の青年には、こういった話がよく来る。
モーアンは膝をついて少女の目線までしゃがむと、顎に手を置き、うーんと唸った。
はつらつとした七、八歳くらいの愛らしい赤毛の少女。いなくなったチビ、と言うからには、彼女が探しているのはたぶん人ではなさそうだ……人差し指でこめかみをトントンと叩いて、そこまで考えて。
「飼ってるワンちゃんか何かかい?」
「そう。あたしの友達。さっきまできらめきの森で一緒にお散歩してたのに……お花つんでたら突然吠えて奥へ走り出しちゃったの! でもお母さんが危ないからうろうろしちゃダメって……」
「きらめきの森か……ちょうど僕もこれから用事で行くところだから、ついでに探しておいてあげるよ。だからきみはお家にお帰り」
少女を家まで送り届けると、モーアンは神殿の裏手に広がる森へと視線を送る。
世界各地の要所には女神を象った像があり、そこを中心に魔物を寄せ付けない結界が張られている。
少女が花を摘んでいただろう花畑は森の入口付近にあって比較的安全だ。だが、奥に行くほど女神像のある神殿から離れ、魔物と遭遇しやすい。
「あそこの森の魔物は弱いから、僕でもなんとかなるだろうけど……チビちゃんが心配だ。早く行かないとな」
と、
「よう、モーアン。また“何でも屋”やってるのか?」
「!」
モーアンが振り向くと、彼より少ししっかりした体格の青年神官が手を振って笑いかけていた。
「お前のことだ。どうせ神殿の庭先うろうろして誰か困った人はいないか待ってたんだろ」
「それじゃあ僕がまるで暇人みたいじゃあないか、ノクス」
苦笑まじりな声でノクスと呼ばれた金茶短髪の青年はモーアンの背中を遠慮なくばしんと叩く。
「どこ行くんだ? 俺も暇だから手伝ってやるよ」
「神官が嘘はいけないなぁ」
「お前だって『ちょうど用事があるからついでに行くよ』みたいなこと言うだろ?」
用事なんかないくせに。
まるで見てきたみたいなモノマネつきの物言いに、モーアンはまた苦笑いをした。
モーアンとノクスは同い年で、共にルクシアルで生まれ育った幼馴染。長い付き合いなので互いのことはよくわかっている。
「まぁいいや。陽が沈む前に早く行こう」
「そうこなくちゃ……ってお前、それ何だ?」
きらめきの森へ向かおうとするモーアンのてのひらには、ピンク色の包みの大きな丸い飴玉がひとつ。
モーアンはそれを神官服のポケットにしまうと、
「前払いの報酬、だってさ」
そう言って、にっこりと笑うのだった。
輝ける都ルクシアル。世界最大の神殿に女神を祀り、神官たちが日々祈りを捧げるそこにはあらゆる悩みをもった迷える人々が集まる。
彼らの悩みは小さなものから大きなものまで。それらを女神の代理人として聞くのも、神官の仕事のひとつだ。
「あのね、モーアンさま。チビが、チビがいなくなっちゃったの!」
「チビ……?」
本来、ルクシアルの神官はこんな子供の相談は話だけ聞いて終わりか、そもそも届かないことも多い。だが、このモーアン――ふわふわの胡桃色の髪を後ろで束ねた、薄緑の目の優しげなまなざしをした神官服の青年には、こういった話がよく来る。
モーアンは膝をついて少女の目線までしゃがむと、顎に手を置き、うーんと唸った。
はつらつとした七、八歳くらいの愛らしい赤毛の少女。いなくなったチビ、と言うからには、彼女が探しているのはたぶん人ではなさそうだ……人差し指でこめかみをトントンと叩いて、そこまで考えて。
「飼ってるワンちゃんか何かかい?」
「そう。あたしの友達。さっきまできらめきの森で一緒にお散歩してたのに……お花つんでたら突然吠えて奥へ走り出しちゃったの! でもお母さんが危ないからうろうろしちゃダメって……」
「きらめきの森か……ちょうど僕もこれから用事で行くところだから、ついでに探しておいてあげるよ。だからきみはお家にお帰り」
少女を家まで送り届けると、モーアンは神殿の裏手に広がる森へと視線を送る。
世界各地の要所には女神を象った像があり、そこを中心に魔物を寄せ付けない結界が張られている。
少女が花を摘んでいただろう花畑は森の入口付近にあって比較的安全だ。だが、奥に行くほど女神像のある神殿から離れ、魔物と遭遇しやすい。
「あそこの森の魔物は弱いから、僕でもなんとかなるだろうけど……チビちゃんが心配だ。早く行かないとな」
と、
「よう、モーアン。また“何でも屋”やってるのか?」
「!」
モーアンが振り向くと、彼より少ししっかりした体格の青年神官が手を振って笑いかけていた。
「お前のことだ。どうせ神殿の庭先うろうろして誰か困った人はいないか待ってたんだろ」
「それじゃあ僕がまるで暇人みたいじゃあないか、ノクス」
苦笑まじりな声でノクスと呼ばれた金茶短髪の青年はモーアンの背中を遠慮なくばしんと叩く。
「どこ行くんだ? 俺も暇だから手伝ってやるよ」
「神官が嘘はいけないなぁ」
「お前だって『ちょうど用事があるからついでに行くよ』みたいなこと言うだろ?」
用事なんかないくせに。
まるで見てきたみたいなモノマネつきの物言いに、モーアンはまた苦笑いをした。
モーアンとノクスは同い年で、共にルクシアルで生まれ育った幼馴染。長い付き合いなので互いのことはよくわかっている。
「まぁいいや。陽が沈む前に早く行こう」
「そうこなくちゃ……ってお前、それ何だ?」
きらめきの森へ向かおうとするモーアンのてのひらには、ピンク色の包みの大きな丸い飴玉がひとつ。
モーアンはそれを神官服のポケットにしまうと、
「前払いの報酬、だってさ」
そう言って、にっこりと笑うのだった。