サニーの章:砂漠の義賊と王子様

 形勢不利を悟って無理矢理にもレインを引っ張り、気づけばミズベリアの外まで出ていたサニーの前に、冷ややかな夜の砂漠が広がる。

「ぜえっ、はぁ……こ、ここまで来れば……」
「……サニー」

 俯き、それまでずっと黙っていたレインが、ここに来てようやく口を開いた。

「すまない……大変なことに巻き込んでしまった」

 真実はともかく、今のふたりは王の命を狙った逆賊だ。いまミズベリアに戻ればたちまち捕らえられて命はないだろう。
 レインの話に乗らなければ、サニーはこんな形でミズベリアを出ることはなかったはずだ。

「いいんだ。宮殿が大変な状態だってことはよくわかったよ。それは正義の味方としては見過ごせなかったからね!」

 町から離れるように歩きながら、サニーはどんと胸を叩いてみせる。
 彼女の性格なら、いつか宮殿の実情を知れば、似たようなことになっていただろう。

「それに……相手はアタシたちの想定よりずっとウワテだった。宮殿の人たちも、レインがいるのにあんなに話が通じないなんて、信じらんないよ!」
「それが妙なんだ。ラーラがどれだけ突拍子も無いことを言い出しても、彼らは全て肯定し、従ってしまう」

 現代の魔法にそんな効力のものがない訳ではないが、せいぜいが小規模かつ短時間のもの。ラーラのそれは規模も効き目もケタ違いだ。

「まるで……大昔にいた悪魔みたいだね」
「え?」
「じっちゃんが言ってた。千年くらい前にはニンゲンの形をしたニンゲンじゃない悪魔がいて、フシギな力を使って世の中をめちゃくちゃにしてたんだって。なんだか今の状況と似てない?」

 千年前の“人魔封断”……子供でも知っているその伝説は、もちろんレインにとってもそうだった。
 けれども、世の在り方が変わって久しいこの現代において、遠い遠い昔の“おとぎ話”でしかないもので……

「だがその悪魔は千年前に女神様が封印して……」
「千年だよ? そんなに経ってたらいくら女神様でも疲れちゃうと思わない?」
「い、言われてみれば、そうなのか……?」

 有り得ないと除外していた可能性をもう一度視野に入れ、レインはしばし考え込む。

「サニー……すまないが、ルクシアルに行ってくれないか」
「ルクシアル? あの女神様の?」
「そうだ」

 輝ける都ルクシアル。中央大陸の信仰都市で、その名はサニーも耳にしたことがあるほどだ。

「千年前の人魔封断で悪魔を封印したのは、女神様だ。その悪魔が復活したとなれば、神殿の連中も知らん顔はできないだろう。それに、そこなら悪魔を倒す手立てが見つかるかもしれない」
「そっか。でも、レインは?」
「私は……他国に助けを求めてみる。あの悪魔がどうしてミズベリアの民全員の心を操らなかったのかはわからないが、そうなると民は苦しみ続けることになるだろう」

 国を手に入れるというなら、民の心まで奪ってしまった方が思い通りになるのではないか……ラーラの能力の限界か、或いは別の狙いがあってか。今まさに苦しんでいるミズベリアの人々を想い、レインは拳を握り締めた。

「……わかったよ。それじゃあここでお別れだね、レイン」
「ありがとう。どうか気をつけて、サニー」
「うん、レインもね!」

 レインは民を助けるため。
 サニーは悪魔を倒すために。

 もう一度ぐっと握手して、互いに頷き合って。ふたりは別々の道を行くことになった。


 ――昼は踊子、夜は義賊。砂漠の真ん中にあるオアシスの町ミズベリアでふたつの顔をもつ少女、サニー・サラサ。
 ある夜、彼女はレーゲン王子と出会い、この国に起きている異変を知る。
 ラーラと名乗る女に好き放題される宮殿の人々。そして、彼女のワガママがミズベリアの市民に苦しい生活を強いていたことを……

 王子の協力で宮殿に侵入したサニーだったが、ラーラに勘づかれ、王子ともども逆賊に仕立て上げられてしまう。

 宮殿の人々を意のままに操るラーラは、千年前に人間界を見出した悪魔なのではないか――かつて悪魔を封印したという女神の力を借りるべく、サニーは王子と別れ、ルクシアルを目指す。

 正義の味方に憧れる小さな少女の大冒険が、幕を開けるのであった――。
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