サニーの章:砂漠の義賊と王子様

 宮殿にオアシスの水を引き込む水路が、月を映してゆらめく。
 クバッサは別名、白き宮殿と呼ばれている。
 鏡のように磨かれた白大理石の床に真っ赤な絨毯。砂漠の真ん中であることを一瞬忘れるような、美しく涼し気な空間に足を踏み入れる侵入者がひとり。

(初めて入るのがこんな形でだなんてね……)

 レインの話を聞いてからは、この華やかさもどこか虚しく見えるとサニーは思った。
 気配を消し、息を殺しながら慎重に進んでいく。事前に頭に叩き込んでおいた見取り図によれば、もうじき開けた場所……王の間へと出るはずだ。

(見張りがいない……というか、警備に穴がある。レインがうまいこと動かしてくれたのかな?)

 薄暗い通路を抜けると明るく広い王の間へ……辿り着いたサニーが、驚きに思わず身を引いた。
 王の間でレインが、誰かと対峙している。

「レ……っ」
「なぁんだ、まだガキじゃないの」

 まず聴こえてきたのは甘ったるくキンと高い声。肩までのウェーブがかった黒髪とやや釣り上がった大きな目。この地方の者ではなく、色白ながらも健康的なレインのそれともまた違う作り物めいた白さをした肌の、サニーより少し年齢も背も高く見える女性がそこにいた。

「お前が、ラーラってヤツか」

 目の前の相手への確信から、サニーの声がかつてないほど低く絞り出される。

「ええそう。砂漠で行き倒れていた、か弱く哀れで可愛い可愛い“ラーラちゃん”よぉ」

 返ってきたのは、ニタリと不気味な笑み。ネットリした声が耳について、不快感を煽る。

「王子が怪しい動きをしてたのは気づいていたけど、まさかこんなちびっこと手を組んで悪巧みしてたなんてね?」
「悪巧みはそっちだろ! 宮殿のみんなに何をした!?」
「やぁだ、みんなラーラの可愛さにメロメロになってるだけよぉ」

 か弱くて哀れとは一体誰のことだろうか。強請って手に入れたのだろう宝石を見せびらかすように身をくねらせるラーラの図々しい振る舞いには、庇護欲などぴくりとも反応しない。
 睨む二人にお構い無しに、ラーラは両手を胸の前で組み、大きな目を潤ませてあざとく上目遣いしてみせる。

「ルフトゥ王様ぁ……ラーラ、拾っていただいてとってもとっても感謝してますぅ……なーんちゃって。キャハハハ!」
「父上の前ではしおらしくしていたくせに、それが貴様の本性か……醜悪な魔女め!」

 堪えきれず剣を抜くと、レインの瞳が鋭さを増す。

「たとえ刺し違えてでも貴様だけはっ……!」
「ダメだ、レインっ!」

 単純に状況だけを見れば二対一で、しかもこちらには王子がいる。それなのにラーラには余裕さえ見えて……サニーは妙な胸騒ぎに襲われた。
 次の瞬間、ラーラは口の端を上げ「おバカさん」と小声で呟いた。

「キャアーーーーッ! 王子がご乱心よぉーーーー!」
「!?」

 それは、夜の宮殿じゅうに響き渡る声で。
 途端に集まってきた兵と、王……彼らはラーラを守るようにぐるりと囲み、人数の差はあっという間に逆転してしまう。

「ラーラ!」
「どうしましたか、ラーラ様!」
「なっ……」

 この状況で王子の心配をする者は一人もいないどころか、武器を手にした王子に、一斉に疑惑の目が向けられる。

「王子がぁ、王様を襲おうとしててぇ……止めようとしたラーラに剣を……」
「レーゲン王子……?」

 虚ろな目の誰ひとり、王子を信じていないだろうことがすぐにわかった。
 今の彼らにはここで生まれ育った王子よりも、涙ぐむラーラの言葉だけが……

「ち、父上、皆……」
「まずい、退くよ!」

 狼狽える王子の手を引くと、サニーは隠し持っていた煙玉を床に叩きつけ、炸裂させる。

「うわぁっ!」
「げほっ、こいつ、何をっ……!」

 視界を奪う煙に一同が翻弄されている間に、ふたりは素早く宮殿を脱出した。

「ぞ、賊を追えー!」

 兵士たちがばたばたと追いかけていき、残されたのはルフトゥ王とラーラのみ。
 おそらくは、そう簡単に捕まえられはしないだろう。

「……逃がしちゃったか。ガキのくせに意外と……まぁいいわ」
「うう……レー、ゲン……」

 ラーラが振り向くと、彼女の言葉に頷くだけのルフトゥ王の目に、僅かに光が戻ろうとしていた。

「またぁ? んもぅ、王様ってば意思が強くてやんなっちゃう」

 王の抵抗を嘲笑うかのように、その首に白い腕が回される。両手で頬を包んで逃げ場を奪うと、ラーラの瞳が妖しく煌めいた。

「こまめに“誘惑”かけ直さないとね……ウフフフ」

 ラーラは笑いながらゆっくりと、息がかかりそうな程に顔を近づける。

「この国はもう、ラーラのモ・ノ」

 その魔の手から逃れる力は、王には残っていなかった。
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