フォンドの章:英雄の背中を追いかけて

 ふたりが駆けつけた時には、町は炎と悲鳴の真っ只中で

 ラファーガの姿を見つけて降りてきた竜騎士によれば、何の前触れもなく空がぱっくりと開き、そこから魔物がわらわらと湧いてきたという。

(あの時と同じだ……突然で、対処しきれない襲撃……!)

 魔物を吐き出し終えた空の裂け目は既に閉じているが、無防備な懐に入りこまれたグリングランの被害は甚大だ。たまたま居合わせた竜騎士たちが対処してくれているものの、どう見ても手が足りていない。

「親父!」
「おうよ!」

 フォンドの一声に頷いたラファーガが町の中心部へと駆け出した。
 ラファーガは中央の広場で多くの魔物の対処を。そしてフォンドは逃げ遅れた人や討ち洩らした魔物がいないかを探してそれぞれ動く。

「店の周りに魔物が……!」

 昼間立ち寄った食材屋にじりじりと近づく魔物が数匹。よく見れば窓から怯えた顔の店主が外の様子を窺っている。
 恐らく匂いを嗅ぎつけてだろうか。このままでは窓や扉が破られるのは時間の問題だろう。

(まさか、ホントになっちまうなんてな……)

 店に狙いをつけていた魔物たちがフォンドに気づき、一斉に襲いかかる。
 三体のうち二体は鳥型、もう一体はモグラのような姿をした、人間より一回り小さいサイズの魔物だ。

「そうだ、こっちに来い!」

 まずは鳥型。上空から突っ込んでくる鋭いくちばしを跳んで躱すと、下がった先にきたもう一体の爪を片腕で受け止める。
 じわりと血が滲むがお構い無しに、柔らかい腹部に強烈な回し蹴りをお見舞いし、引き剥がした。
 動かなくなった方はそれでおしまい。フォンドは相手が態勢を立て直す前に先程の鳥型へ距離を詰める。

(こいつら、この辺の魔物じゃないな……)

 竜騎士たちが倒した魔物の中にも、砂漠や雪原など明らかに生息地が違う魔物が混じっていた。

(十三年前のあの時も、オレの目の前で空が裂けた)

 どことも知れない場所から無数に湧いた魔物……フォンドの額を嫌な汗が流れ、息が詰まりそうになる。

「こいつで終わりだっ!」

 最後の一体には胴を貫かんばかりの突きの一撃で。考えながらも三体全て片付け、ふう、と一息つく。
 ふと窓を見やると、店の女性が「ありがとう」と言っているのが見えた。

「落ち着いてきたみたいだな……親父のところへ行かないと」

 増援がないのなら、あのラファーガが苦戦することはないはずだ。
 そう信じて駆けつけたフォンドの目に飛び込んできたのは……

「親父ッ!」
「ううっ……」

 傷だらけで膝をつき、肩で息をする“英雄”の姿。
 そして対照的に余裕でそれを見下ろす一人の男がそこにいた。

「お前……ジャーマ……?」
「フン、ようやく来たか。弱虫フォンドが」

 燃え盛る炎のような赤髪と、闘志でギラギラした黒目の小さな眼。それはフォンドがよく知る男……一年前に行方知れずとなったジャーマだった。
 服装以外で変わったのは、顔や手足のあちこちに黒い紋様があることと、見据えられると肌がざわつくほどに眼光が鋭くなったこと。

「生ぬるい平和に浸かり過ぎたか……英雄も大したことないな」
「どうしてこんな……なんで……」

 幼心に焼きついた恐怖と絶望を想起させる光景が再び目の前に広がっている。フォンドは青褪めながら、拳を握り締め、顔を上げた。

「なんで……町が、みんなが、親父がボロボロなのに笑ってんだって聞いてんだよッ!」

 心のどこかで答えに気づきながら、声を張り上げる。
 するとやはり、ジャーマはニヤリと笑った。

「魔族、知ってるよな? 千年前の戦いでこの世界から切り離された魔界の民。魔物たちの長だ」
「あ……?」
「俺はその魔族になったんだ、フォンド! 凄いぞ、いくらでも力が溢れてくる!」
「な、何言ってんだジャーマ!? 魔物の……オレ達を孤児にした奴らの仲間になったってことかよ?」

 響き渡る高笑いにフォンド達が愕然としていると、ジャーマの後ろの空間が縦に裂け、人ひとり通れるほどの隙間を生んだ。

「言ったろ、お前らは生ぬるいって。俺はこの力で最強になってやるんだ」
「待て、ジャーマ!」
「じゃあな、甘ちゃんフォンド」

 空間の裂け目はジャーマを受け入れると、フォンドが追いかける間もなくすうっと消えてしまう。

「魔物が出てきた穴から……グリングランをめちゃくちゃにしたのが、ホントにジャーマだっていうのかよ……?」
「それだけじゃない。わしと互角かそれ以上の力……魔族なんざ、おとぎ話の世界だと思っていたが……」

 魔物は倒し、町の危機は脱したものの、ふたりの間にはずしんと重い空気が流れる。

「……帰ろう。二人とも傷だらけだし、まずは手当てしないとな」
「……ん」

 共に育った家族の豹変。慣れ親しんだ町やそこに住む人々……大切なものを傷つけられた悲しみ。
 よろよろと立ち上がるラファーガの姿に、フォンドの胸がひどく痛んだ。
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