フォンドの章:英雄の背中を追いかけて
グリングランの街中は心地よい活気に包まれて、買い物に来たフォンドをあたたかく迎え入れた。
チリン、とベルの音をさせて扉を開ける。色とりどりの野菜と果物が並ぶ食材屋だ。
「おやフォンド。今日は何を買いに来たのかい?」
「こんちは、おばちゃん。そこのトマトとニンジン、それからタマネギちょうだい」
お互いに慣れたもので、フォンドがカウンターに代金を置くと店の女性は手際よく野菜を袋に詰めた。
「はいおまたせ……って、怪我してるじゃないか!」
「ああ、これ。いつもの」
「いつもの、じゃないよ。まったく、すっかり平和になったってのにラファーガさんたら……」
フォンドとラファーガの修行は“いつもの”で済ませられている。
彼女の言葉どおり、今のグリングランは平和そのもの。魔物だって十三年前の大発生以降は通常といえる範囲内で、周辺の状況は凪いでいた。
「……それでも、十三年前にはあったことだからさ。親父はそれを気にしてるんだと思うよ」
一度あったことが二度ないとは限らない。ラファーガがフォンドを鍛える理由、そしてフォンドが強くなろうとする理由は、このグリングランを守るためでもあった。
「そうかい。まあ、体を大事にするんだよ。ドラゴニカの竜騎士さんたちもいるんだからね」
「ありがとう、おばちゃん。けど、竜騎士だってオレと同じくらいの年頃の子もいる。任せっきりにはできないさ」
緑豊かなグリングランには食糧が豊富だが兵力は乏しく、雪と山で厳しい環境のドラゴニカはその逆だ。だから互いに協力しあっており、グリングランの有事にはドラゴニカの竜騎士が駆けつける。
女性ばかりの竜騎士たちだが、その力は並の男性や魔物では太刀打ちできないという。
長年共生関係にあるこの二国を離れれば、ドラゴニカの女は人間ではない、などという声も一部では聞こえるのだが……
「強いて言えば、いちど手合わせしてみたいかな」
「またあんたはそうやって……修行バカはラファーガさんそっくりだね」
呆れて笑う女性に手を振って、フォンドは店をあとにした。
「修行バカ、か。それならジャーマの方がお似合いだったけどな」
ぽつり、そう呟いて足を止める。
よぎるのは炎のような赤い髪とぎらついた瞳。フォンドとは違う、身を削り敵を打ち倒す荒々しい攻めの拳だ。
『こんな生ぬるい場所で強くなれるか!』
そう言い放ち、ラファーガのもとを飛び出した青年、ジャーマはフォンドとは兄弟同然に育ったもうひとりの孤児。
フォンド同様、幼い頃魔物の群れに襲われてあわやという時に颯爽と助けに入った“英雄”の背中に憧れていたのだが……
同じ背中を見ていても、フォンドとジャーマの想いは異なるものだったらしい。
「ジャーマ……元気にしてるかな」
ラファーガはジャーマを追うことはしなかった。
もうひとり立ちできる年頃だから、とジャーマの意思を尊重したのだ。
あれからもうすぐ、一年が経とうとしていた。
チリン、とベルの音をさせて扉を開ける。色とりどりの野菜と果物が並ぶ食材屋だ。
「おやフォンド。今日は何を買いに来たのかい?」
「こんちは、おばちゃん。そこのトマトとニンジン、それからタマネギちょうだい」
お互いに慣れたもので、フォンドがカウンターに代金を置くと店の女性は手際よく野菜を袋に詰めた。
「はいおまたせ……って、怪我してるじゃないか!」
「ああ、これ。いつもの」
「いつもの、じゃないよ。まったく、すっかり平和になったってのにラファーガさんたら……」
フォンドとラファーガの修行は“いつもの”で済ませられている。
彼女の言葉どおり、今のグリングランは平和そのもの。魔物だって十三年前の大発生以降は通常といえる範囲内で、周辺の状況は凪いでいた。
「……それでも、十三年前にはあったことだからさ。親父はそれを気にしてるんだと思うよ」
一度あったことが二度ないとは限らない。ラファーガがフォンドを鍛える理由、そしてフォンドが強くなろうとする理由は、このグリングランを守るためでもあった。
「そうかい。まあ、体を大事にするんだよ。ドラゴニカの竜騎士さんたちもいるんだからね」
「ありがとう、おばちゃん。けど、竜騎士だってオレと同じくらいの年頃の子もいる。任せっきりにはできないさ」
緑豊かなグリングランには食糧が豊富だが兵力は乏しく、雪と山で厳しい環境のドラゴニカはその逆だ。だから互いに協力しあっており、グリングランの有事にはドラゴニカの竜騎士が駆けつける。
女性ばかりの竜騎士たちだが、その力は並の男性や魔物では太刀打ちできないという。
長年共生関係にあるこの二国を離れれば、ドラゴニカの女は人間ではない、などという声も一部では聞こえるのだが……
「強いて言えば、いちど手合わせしてみたいかな」
「またあんたはそうやって……修行バカはラファーガさんそっくりだね」
呆れて笑う女性に手を振って、フォンドは店をあとにした。
「修行バカ、か。それならジャーマの方がお似合いだったけどな」
ぽつり、そう呟いて足を止める。
よぎるのは炎のような赤い髪とぎらついた瞳。フォンドとは違う、身を削り敵を打ち倒す荒々しい攻めの拳だ。
『こんな生ぬるい場所で強くなれるか!』
そう言い放ち、ラファーガのもとを飛び出した青年、ジャーマはフォンドとは兄弟同然に育ったもうひとりの孤児。
フォンド同様、幼い頃魔物の群れに襲われてあわやという時に颯爽と助けに入った“英雄”の背中に憧れていたのだが……
同じ背中を見ていても、フォンドとジャーマの想いは異なるものだったらしい。
「ジャーマ……元気にしてるかな」
ラファーガはジャーマを追うことはしなかった。
もうひとり立ちできる年頃だから、とジャーマの意思を尊重したのだ。
あれからもうすぐ、一年が経とうとしていた。