シグルスの章:狭間を生きる騎士

 真夜中にそっと出た外の世界の風は、心なしか冷たく感じられた。
 もう、ディフェットには戻れない。疑いが晴れるまでは……王が目覚めるまでは。
 シグルスが一歩を踏み出すと、ざく、と土を踏む音が耳に届く。

(陛下……どうか、ご無事でいてください。俺はあの悪魔を探し、旅に出ます。まずは輝ける都ルクシアルへ)

 振り向けば、ぐるりと壁に囲まれたディフェットの街。奥にそびえる城の中では、まだ混乱が続いていることだろう。
 シグルスは踵を返し、歩きだす。しっかりとした足取りは、街道の先にある港を目指して。

(ハーフエルフのこんな俺でも、隊長は信じてくれた。そうだ。思い返せば、隊長はずっと……)

 隊長のあたたかい言葉に後押しされて、青年の目線は遠く広がる海へ。
 真っ暗な夜の闇に、昇ろうとする陽の光が僅かに見えてきていた。
 まるで、シグルスが見出した希望のように。

「自在に姿を変える悪魔の手がかり……そう簡単には見つかりそうにないが、どのみち当分は帰れないだろうからな」

 おそらくディフェットでは、シグルスの名は王を暗殺しようとした大罪人として伝わってしまっているだろう。
 ハーフエルフは災いを呼ぶ……そんな噂と共に。

「行ってみよう、ルクシアルへ。あのふざけた悪魔を、必ずこの手で討つために……!」

 街の外に一歩出れば当たり前のように襲ってくる魔物を、難なく斬り伏せてシグルスは進む。
 次第に歩調は速くなり、そして、駆け出す。彼はもう、故郷ディフェットを振り返ることはなかった。



 ――シグルス・グラファイト。騎士王国ディフェットの騎士で、ハーフエルフの青年。
 その生まれから差別を受けることはあっても、一心不乱に努力をして、王からの信頼を得ていた。

 そんな彼の前に突然現れた悪魔によって、大罪人の汚名を着せられてしまうシグルス。
 彼を信じてくれた隊長、ブルックの力を借りてディフェットを飛び出し、悪魔の手がかりを追って旅に出ることに。

 これが、世界を巻き込んだ冒険の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。

 長い長い物語の、ここはほんのスタート地点に過ぎないのだ――。
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