プリエールの章:高嶺の花は変わり者

 温暖な南大陸にある魔法都市マギカルーン。その名の通り世界中から魔法に携わる者たちが集うそこでは、優秀な魔法使いや学者たちによる研究が日々行われていた。

 世界を分けた『人魔封断』から千年。人間界に残った魔物もいるものの、荒れた時代から比べればすっかり穏やかになったこの世の中では魔法の研究もほとんどが生活に根ざしたもの。
 たとえば、照明器具だったり、寒暖の調節。水の浄化や薬草の栽培などなど。魔法石と呼ばれる、魔力を込めたり術式を刻むことによってさまざまな効果をもたらす石により、人々の生活は便利に豊かになっていった。

 そしてここマギカルーンは、魔法石の産地。近くの洞窟では魔法石が採掘され、魔法使いたちは研究の傍ら魔法石に魔力を込める仕事をしている。
 彼らには“魔法士”という、一般的な魔法を扱う魔法使いとは別の、魔力の扱いに長けた誇り高き技術者の呼び名があった。

 そんな魔法士の都に、一輪の花と称される美しい女性がいた。

「プリエール、これから食事でも一緒にどうだい?」
「あら、ごめんなさい。あたしこれからデートなの」

 桃花色のふわりとした髪をサイドに垂らして瞳や耳飾りと同じ蒲公英色のリボンで緩く結び、ぽってりと形の良い唇には薄い色のリップを引いた、品の良さそうな雰囲気の彼女……プリエールは、男からの誘いを慣れた様子でにこやかに断った。
 袖口が広く両袖が後ろで繋がった上着とロングスカートはどちらもピンクを基調に、花弁を思わせるデザインで、その上からでもわかる抜群のプロポーションをゆったり包みこんでいる。
 やわらかな微笑みひとつで相手を虜にしてしまいそうな彼女がこれからデートするのは……

「いくら口説いても無駄さ。生粋の魔法バカである彼女をときめかせるような魔法理論のひとつも語れないようならね」
「アルバ」
「君のことだ。どうせデートの相手とやらも書物の山とかそんなところだろう、エル」

 深緑のうねる癖毛を後ろで括り、黒目が小さなタレ目の下には隈……そんな目元を髪で隠しがちな長身を丸めた痩せぎすの男が靴音をさせながら歩いてくると、プリエールを口説きにきた男はすごすごと退散してしまう。

「ふふっ、よくわかってるじゃない」
「……嫌味のつもりだったのだがね」

 魔法学者連中の中でも変わり者で通る、偏屈のアルバトロス。黙っていればまず不機嫌に見えるような人相で近寄りがたい、そんな彼に当たり前のように笑いかけるプリエールもまた、見た目によらず変わり者。
 そして、どちらも優秀な学者のひとりだった。
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