23:予期せぬ出会い

 黒竜が去り、再び静けさを取り戻した燈火の塔の屋上。
 とうに影も形も見えなくなった空を見つめ、茫然と立ち尽くすエイミの背中は、どうにも声をかけづらい雰囲気があった。

「あ、その……エイミ」
「!」

 まず切り出したのは、ミューを除けば彼女と最も付き合いの長いフォンド。
 わしゃわしゃと頭を掻き、あちこち視線を彷徨わせながら言葉を探す。

「あの黒い竜って、もしかして……」
「……はい。女王パメラの……歴代のドラゴニカ女王の竜です」

 ドラゴニカとは友好国であるグリングラン出身のフォンドは、ドラゴニカや竜騎士のことに多少詳しい。
 もっとも、そうでなくてもあの竜の桁違いの迫力には、他の竜とは明らかに違う存在であることを感じ取れるだろう。

「女王様って、城を襲った魔族と戦って……」
「私も最期は見ていませんし、その後ガルディオが無事な姿で現れたせいで生存は絶望的だと思っていました。ですが……まだわかりません。黒竜ならきっと感じ取れると思いますが……」
『エイミ……』

 震えてしまわないよう、必死で抑える声。姉のことが大好きで、今すぐにでも無事を確認したい。後を追って飛び出してしまいたい。相棒と心で繋がっているミューには、そんなエイミの叫び出しそうな想いが痛いくらいに伝わってきた。

「あの方角……やって来たのも戻っていったのも恐らくはドラゴニカがある北大陸でしょう」
『素直に空から追いかけたら、また操られてる竜に襲われてしまうわね……』

 ずらりと並ぶ竜の群れを思い出し、身を震わせるミュー。
 あの時はまだ魔族の支配が完全ではなかったが、もし今全ての竜を自在に操ることができるようになっていたら……エイミたちの勝ち目は、あまりにも薄い。
 全員が腕組みをし、うーんと唸ったその時だった。

「そこにいるのはエルミナか?」
「えっ?」

 突風が吹き、上空からバサッと翼の音。
 黒竜よりやや小さい銀色の竜が、羽ばたきながらゆっくりと降りてきた。
 鋭く細い剣のような体躯で、大きな鞄を提げ、背中には一人の女性を乗せている。
 声の主である女性が軽やかに降り立つと、一拍置いて竜もふわりと着地する。
 アイスグリーンの髪は前下がりで右側が長い、左右非対称のボブカット。スラリとした、けれどもよく鍛え上げられているのがわかる全身を黒いボディスーツで包み、最低限動きを邪魔しないような軽鎧を装着している。
 そんな女性はエイミを振り返ると、切れ長の目を柔らかく細めて微笑んだ。

「こんなところで会えるとはな。それになんだか見違えたぞ」
「あっ、はい、お久しぶりです!」

 エイミは慌てて背筋を伸ばすと、ぺこりと頭を下げた。
 だが……

「いま、エルミナって……?」
「あ」

 サニーの呟きに我に返り、エイミはおそるおそる仲間たちを窺った。
 これまでは知り合いがいない旅で呼ばれることのなかった本名をあっさりと明かされてしまい、どうしたものかと頭を悩ませるエイミ。
 そこに……

「あれ、ブリーゼさんじゃねえか!」
「へ?」
「なんだ、フォンドもいたのか。大きくなったな!」
「ええっ!?」

 そことそこ、知り合いなんですか!?
 立て続けに起きた出来事に、戦闘で蓄積した疲労。あらゆる方向から限界を超えてしまった結果訪れた目眩で、エイミはふらりとよろめいてしまうのであった。
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