20:クバッサ宮殿の戦い
「アタシの力……アタシにできることは……」
短剣を持った小さな手。日銭を稼ぐ曲芸と、義賊としての技術。それらも立派な特技だが、今の状況で役に立つかどうか――サニーがそう考えたその時だった。
『少女よ』
するりと現れたのは、エイミたちにはすっかりお馴染みとなった闇の精霊。
だがサニーは彼の姿や声を知るのは初めてで、まして混戦の最中にどこからともなく目の前に出てきたそれに、大きな目を真ん丸に見開き、ぱちぱちと瞬かせた。
「えっ? な、なに、このコウモリみたいな……」
『我は闇の精霊コクヨウ。お前の力を引き出す、ほんの手助けをしてやろ……う、こら、つつくなっ』
「あれ、触れない? フシギぃ……じゃなくって!」
エイミたちが精霊の力を借りていること自体は話に聞いて知っていたが、今のコクヨウの話からすると、自分も精霊の力を借りられるのだろうか。
そんな期待に満ちた瞳のサニーの周りを、闇精霊がふよふよと飛び回る。
『ヒトや魔物は各属性の魔力を使い、魔法をはじめとする様々な形で行使することができる』
「難しいハナシはあとあと! 早くみんなを助けたいんだ!」
『む……ざっくり言えば、魔力にはそれぞれ扱いやすい形があるということだ。使い手の性質や願望に似るとも言える』
光精霊がこの場にいればここぞとばかりにからかっただろうが、空気を読んでなのか今は出てきていない。
闇精霊は黒い魔力をサニーの両手に纏わせた。熱もなければ冷たくもない奇妙な感触に、少女が首を傾げる。
『最初はそれを使わせてやろう。好きにイメージして動かしてみろ』
「って言われても、魔法なんか全然わかんないし……」
『闇から連想するのも良い。夜、影、足元、寄り添うもの……』
「! それだっ!」
何かがピンときたらしいサニーは、その両手を勢い良く地面につけ、叫ぶ。
「誰も影からは逃げられない……いくよ、影縛りっ!」
闇の魔力がサニーの足元の影に吸い込まれたかと思えば、魔物の足元から細長い紐状になって飛び出し、うねり、雁字搦めに縛りあげる。
厄介だった尻尾も封じられ、呻きながらじたばたともがく魔物の動きに合わせて伸縮を繰り返す影の触手からはぶち、ぶち、と一部が千切れる音を立てていた。
「あまり長くは保たないみたいだ……けど!」
『ええ、任せて!』
距離をとっていたエイミとミューが旋回して魔物めがけて一気に突っ込む。
ミューが口を開け、そこからキラキラと輝く氷のブレスを吐き出した。
体の一部が凍りつくほどのブレスを浴びた魔物が仰け反って悲鳴をあげている。
「効いてるわ! 冷気に弱いみたい!」
『どうよ! 竜はこんなこともできちゃうんだから!』
得意気なミューが“こんなこともできちゃう”ことを知ったのは、ほんのつい先日のことだった。
もともとが最強格の魔物である竜の子供には、まだまだ伸びしろがあったのだ。
「トドメだ!」
「いきます!」
この機を逃す訳にはいかない。
影の呪縛が切れる寸前。シグルスの魔法剣が魔物の尾を切り落とし、エイミが真上から槍でトドメを刺す。
宮殿中が揺れるような錯覚を起こすほどの一撃は、異形の魔物に致命傷を負わせた。
耳を塞ぎたくなる長い断末魔の後、魔物の全身はゆっくりと崩れ去り、消えていく。
「お、終わった……うわっ!?」
「やったぁ! やったよ、レインっ!」
喜びのあまり王子に飛びつくサニー。モーアンの治療を受けていたフォンドも、この手で魔物を倒したエイミたちも、じわじわと実感が湧いてくる。
「ミズベリアを、取り戻したのね……!」
地上に降りたエイミは、喜ぶ仲間たちを眺めながらしみじみと呟いた。
いつかきっと、ドラゴニカも――そんな、淡い期待もそっと込めて。
短剣を持った小さな手。日銭を稼ぐ曲芸と、義賊としての技術。それらも立派な特技だが、今の状況で役に立つかどうか――サニーがそう考えたその時だった。
『少女よ』
するりと現れたのは、エイミたちにはすっかりお馴染みとなった闇の精霊。
だがサニーは彼の姿や声を知るのは初めてで、まして混戦の最中にどこからともなく目の前に出てきたそれに、大きな目を真ん丸に見開き、ぱちぱちと瞬かせた。
「えっ? な、なに、このコウモリみたいな……」
『我は闇の精霊コクヨウ。お前の力を引き出す、ほんの手助けをしてやろ……う、こら、つつくなっ』
「あれ、触れない? フシギぃ……じゃなくって!」
エイミたちが精霊の力を借りていること自体は話に聞いて知っていたが、今のコクヨウの話からすると、自分も精霊の力を借りられるのだろうか。
そんな期待に満ちた瞳のサニーの周りを、闇精霊がふよふよと飛び回る。
『ヒトや魔物は各属性の魔力を使い、魔法をはじめとする様々な形で行使することができる』
「難しいハナシはあとあと! 早くみんなを助けたいんだ!」
『む……ざっくり言えば、魔力にはそれぞれ扱いやすい形があるということだ。使い手の性質や願望に似るとも言える』
光精霊がこの場にいればここぞとばかりにからかっただろうが、空気を読んでなのか今は出てきていない。
闇精霊は黒い魔力をサニーの両手に纏わせた。熱もなければ冷たくもない奇妙な感触に、少女が首を傾げる。
『最初はそれを使わせてやろう。好きにイメージして動かしてみろ』
「って言われても、魔法なんか全然わかんないし……」
『闇から連想するのも良い。夜、影、足元、寄り添うもの……』
「! それだっ!」
何かがピンときたらしいサニーは、その両手を勢い良く地面につけ、叫ぶ。
「誰も影からは逃げられない……いくよ、影縛りっ!」
闇の魔力がサニーの足元の影に吸い込まれたかと思えば、魔物の足元から細長い紐状になって飛び出し、うねり、雁字搦めに縛りあげる。
厄介だった尻尾も封じられ、呻きながらじたばたともがく魔物の動きに合わせて伸縮を繰り返す影の触手からはぶち、ぶち、と一部が千切れる音を立てていた。
「あまり長くは保たないみたいだ……けど!」
『ええ、任せて!』
距離をとっていたエイミとミューが旋回して魔物めがけて一気に突っ込む。
ミューが口を開け、そこからキラキラと輝く氷のブレスを吐き出した。
体の一部が凍りつくほどのブレスを浴びた魔物が仰け反って悲鳴をあげている。
「効いてるわ! 冷気に弱いみたい!」
『どうよ! 竜はこんなこともできちゃうんだから!』
得意気なミューが“こんなこともできちゃう”ことを知ったのは、ほんのつい先日のことだった。
もともとが最強格の魔物である竜の子供には、まだまだ伸びしろがあったのだ。
「トドメだ!」
「いきます!」
この機を逃す訳にはいかない。
影の呪縛が切れる寸前。シグルスの魔法剣が魔物の尾を切り落とし、エイミが真上から槍でトドメを刺す。
宮殿中が揺れるような錯覚を起こすほどの一撃は、異形の魔物に致命傷を負わせた。
耳を塞ぎたくなる長い断末魔の後、魔物の全身はゆっくりと崩れ去り、消えていく。
「お、終わった……うわっ!?」
「やったぁ! やったよ、レインっ!」
喜びのあまり王子に飛びつくサニー。モーアンの治療を受けていたフォンドも、この手で魔物を倒したエイミたちも、じわじわと実感が湧いてくる。
「ミズベリアを、取り戻したのね……!」
地上に降りたエイミは、喜ぶ仲間たちを眺めながらしみじみと呟いた。
いつかきっと、ドラゴニカも――そんな、淡い期待もそっと込めて。