20:クバッサ宮殿の戦い
ミズベリアを支配していたラーラ改め“黒薔薇のテプティ”が去り際に残したのは、歪な形をした魔物だった。
顔は人面にも見えるが、生え揃った牙と胴体は猛獣のもので、そのほかには大きな蝙蝠の翼、鋭い針をもつサソリの尾……さまざまな生物を継ぎ接ぎに作り上げたような、見れば見るほど不気味な怪物に全員が息を呑む。
「な、なにコイツ……」
「来るぞっ!」
怯んだサニーを手頃な獲物と見た異形の魔物が勢いをつけて飛びかかるが、僅かに早く反応したシグルスが前に出てきて、鋭い爪を剣で受け止める。
騎士団所属で自分より大きな魔物との戦闘も経験しているシグルスと、今回の旅でそういった経験をしてきたエイミたちはすぐに持ち直し、戦闘態勢に入った。
「サニーは王子を!」
「ここはオレたちに任せろ!」
「わ、わかったよ!」
義賊であるサニーは基本的には隠密行動のため敵と対峙することはほとんどなく、実戦経験は乏しい。
けれども彼女の身体能力と反応速度なら王子の護衛には適任だろう。
サニーとレーゲン、それに後衛のモーアンを後方に下がらせると、前衛が一斉に魔物に向かって駆け出す。
『あの尻尾、針がついてるじゃない!』
「それにあの長さと自在な動き……迂闊に近寄れないわ。上空から隙を窺うわよ、ミュー!」
ドーム状の高い天井は充分な空間がある。エイミは変身したミューの背に飛び乗り、上空に一旦距離を置いた。
フォンドとシグルスは地上から、魔物に取り付くように接近戦を仕掛ける。
とはいえ、長い尻尾を警戒しながらの攻撃は、いまひとつ深く入り込むことができない。
「ちっ、殻が硬ぇ!」
「体勢を崩せれば……!」
しかし、そう簡単にはいかなかった。
魔物の体がぐっと縮こまり、何かの予備動作のように力を溜める。
『みんな、離れてっ!』
ミューの警告は僅かに間に合わなかった。
ぐるん、とその場で回転した魔物が、遠心力で長い尾を振り回したのだ。
「うっ……」
「ぐあぁっ!」
剣での防御が間に合ったシグルスは吹っ飛ばされるだけで済んだが、フォンドがまともに尻尾の針に当たり、右腕に傷を負ってしまう。
立て直そうとしてがくりと膝をついたフォンドの傷口周りがじわりと紫色に変色していくのを見つけ、モーアンが慌てて駆け寄った。
「動かないで! 毒を受けてる……あの針だ」
「モーアン、さん……」
「動くと毒の回りが早くなる。待ってて、いま解毒の魔法を唱えるから」
戦線に穴が空き、形勢が魔物側に傾く。
それでもこの猛毒をどうにかせねば、フォンドはあっと言う間に戦闘不能に陥ってしまうだろう。
シグルスが地上、エイミが空中から牽制しているが、毒針を警戒しながらの状況で、勢いづいた魔物を食い止めるには、もうひと押しが足りない。
「……サニー」
しばらく考え込んでいた王子が、静かに口を開いた。
「サニー、私はいいからみんなを助けてやってくれ」
「けど、レイン……」
今でこそエイミたちが止めているが、テプティから命令されているのか魔物は最初から王子の方を目指しているように見える。
王子の守りを手薄にすれば、万が一の時は守りきれないかもしれない。
「出会った時に言っていたな。義賊は“正義の味方”なんだろう?」
「正義の……」
「実際、私をここまで連れてきてくれた。そなたには、自分で思っている以上の“力”がある」
じりじりと破られそうになる防衛ラインから視線を外さず、王子はサニーにそう告げる。
微かに震える体は、恐怖を感じていない訳ではない。けれどその横顔、真っ直ぐな瞳には、強い信念の光を宿していた。
顔は人面にも見えるが、生え揃った牙と胴体は猛獣のもので、そのほかには大きな蝙蝠の翼、鋭い針をもつサソリの尾……さまざまな生物を継ぎ接ぎに作り上げたような、見れば見るほど不気味な怪物に全員が息を呑む。
「な、なにコイツ……」
「来るぞっ!」
怯んだサニーを手頃な獲物と見た異形の魔物が勢いをつけて飛びかかるが、僅かに早く反応したシグルスが前に出てきて、鋭い爪を剣で受け止める。
騎士団所属で自分より大きな魔物との戦闘も経験しているシグルスと、今回の旅でそういった経験をしてきたエイミたちはすぐに持ち直し、戦闘態勢に入った。
「サニーは王子を!」
「ここはオレたちに任せろ!」
「わ、わかったよ!」
義賊であるサニーは基本的には隠密行動のため敵と対峙することはほとんどなく、実戦経験は乏しい。
けれども彼女の身体能力と反応速度なら王子の護衛には適任だろう。
サニーとレーゲン、それに後衛のモーアンを後方に下がらせると、前衛が一斉に魔物に向かって駆け出す。
『あの尻尾、針がついてるじゃない!』
「それにあの長さと自在な動き……迂闊に近寄れないわ。上空から隙を窺うわよ、ミュー!」
ドーム状の高い天井は充分な空間がある。エイミは変身したミューの背に飛び乗り、上空に一旦距離を置いた。
フォンドとシグルスは地上から、魔物に取り付くように接近戦を仕掛ける。
とはいえ、長い尻尾を警戒しながらの攻撃は、いまひとつ深く入り込むことができない。
「ちっ、殻が硬ぇ!」
「体勢を崩せれば……!」
しかし、そう簡単にはいかなかった。
魔物の体がぐっと縮こまり、何かの予備動作のように力を溜める。
『みんな、離れてっ!』
ミューの警告は僅かに間に合わなかった。
ぐるん、とその場で回転した魔物が、遠心力で長い尾を振り回したのだ。
「うっ……」
「ぐあぁっ!」
剣での防御が間に合ったシグルスは吹っ飛ばされるだけで済んだが、フォンドがまともに尻尾の針に当たり、右腕に傷を負ってしまう。
立て直そうとしてがくりと膝をついたフォンドの傷口周りがじわりと紫色に変色していくのを見つけ、モーアンが慌てて駆け寄った。
「動かないで! 毒を受けてる……あの針だ」
「モーアン、さん……」
「動くと毒の回りが早くなる。待ってて、いま解毒の魔法を唱えるから」
戦線に穴が空き、形勢が魔物側に傾く。
それでもこの猛毒をどうにかせねば、フォンドはあっと言う間に戦闘不能に陥ってしまうだろう。
シグルスが地上、エイミが空中から牽制しているが、毒針を警戒しながらの状況で、勢いづいた魔物を食い止めるには、もうひと押しが足りない。
「……サニー」
しばらく考え込んでいた王子が、静かに口を開いた。
「サニー、私はいいからみんなを助けてやってくれ」
「けど、レイン……」
今でこそエイミたちが止めているが、テプティから命令されているのか魔物は最初から王子の方を目指しているように見える。
王子の守りを手薄にすれば、万が一の時は守りきれないかもしれない。
「出会った時に言っていたな。義賊は“正義の味方”なんだろう?」
「正義の……」
「実際、私をここまで連れてきてくれた。そなたには、自分で思っている以上の“力”がある」
じりじりと破られそうになる防衛ラインから視線を外さず、王子はサニーにそう告げる。
微かに震える体は、恐怖を感じていない訳ではない。けれどその横顔、真っ直ぐな瞳には、強い信念の光を宿していた。