20:クバッサ宮殿の戦い

 玉座の間や王の寝室がある二階に上がってもなおどこにも人の気配はなく、これで待ち伏せは確定だろうなとシグルスがひとりごちた。

「気配はこの先だ」

 彼が立ち止まったのは宮殿のちょうど真ん中あたりにある、ひときわ大きな扉の前。
 重厚な扉の先にあるのは玉座。魅了の力で人々を支配する偽りの女王がしたり顔で待ち受けるには、うってつけの場所だろう。

「いよいよだね、レイン……」
「ああ。いくぞ!」

 故郷を取り戻し、苦しめられている人々を救う。
 ようやく目の前まで来た悲願に、ミズベリア出身のふたりの気合が入るのも当然のことだ。
 ゆっくりと音を立てて扉が開き、奥に現れた玉座と、そこに脚を組んでふてぶてしく座る女の姿を目にした時……義賊と王子から目に見えるほどの怒りが噴き上がった。

「なぁんだ、砂漠で野垂れ死んだと思ったのにぃ」

 ネットリとした耳障りな高い声が、広い空間に響き渡る。
 声こそ可愛い子ぶっているが、既に本性を隠すつもりがないところからもエイミたちの侵入と目的に気づいているようだ。
 肩までのふわりとした黒髪に釣り上がった大きな目。どこか作り物めいた白い肌に砂漠の姫のような衣装を纏い、図々しくも宝石で飾り立てて。
 その上等な布で仕立てられた服も宝石も、民を虐げて手に入れたのだろう。王子の瞳が真っ直ぐに悪魔を睨む。

「貴様から国を取り戻すため、帰って来たのだ」
「いいわよぉ。返してあげる」
「な……!?」

 あっさりした返答に驚く王子の前で、女は脚を組み替えて背もたれに寄りかかった。

「もう“澱み”もたっぷり採れたしぃ、砂ばっかで飽きちゃったしぃ、やたらあっついし。返してあげるわよ、こんな絞りカスのつっまんない国!」
「き、貴様……っ!」
「キャハハハ! イイわねその澱み! もっと出してよ、高貴な高貴な王子サ・マ?」

 奪うだけ奪って、いらないなどとさんざん貶されて。愛する国をぞんざいに扱われたレーゲン王子の肩が、拳が、ぷるぷると震える。
 そのまま一歩踏み出そうとした王子の横を、小柄な影が素早く駆け抜けた。

『ちょ、ちょっと!』
「ダメだサニー、危ないよ!」

 両手に短剣を煌めかせ、仲間の制止も聞かず一瞬で距離を詰めるサニー。
 しかし、女の唇がニヤリと弧を描いたことに気づくと、大きく飛び退いて構えた。

「あらあら、カンがいいわね。直情型のバカかと思ったら冷静じゃなぁい?」
「ぐっ……ラーラぁっ!」
「その名前もここまでかしらねぇ。アタシは帰るからアンタたちはこのコの相手でもしてなさい!」

 突然巻き起こった黒い煙に包まれて、ラーラの姿が変わる。砂漠の衣装はゴテゴテとフリルたっぷり、あちこち鮮やかなピンクや赤のハートを散りばめた黒い服に。人間に擬態していた丸みのある耳は長く尖ったものに変わり、目元には赤いメイクを、口には小さな牙を。
 もはや“砂漠に行き倒れていた可哀想な少女ラーラ”の姿は見る影もない。そこにいたのは……

「アタシの名前はテプティ。全てを魅了する誘惑の花“黒薔薇のテプティ”よ。ま、覚えたところでここで死ぬかもだけどぉ?」
「ま、待てっ!」
「さぁ、最後のプレゼントよ。正気に戻ったヒトたちがまず見ることになるのは、国を救おうと戦った王子サマの無惨なナ・キ・ガ・ラ! キャハハハハハハッ!」

 その名の通り黒い花びらを撒き散らし、ラーラ……ではなく、テプティは忽然と姿を消す。
 不快感を煽る高笑いと、一体の魔物を残して。
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