20:クバッサ宮殿の戦い

 クバッサ宮殿は“白き宮殿”の別名を持つ通り、屋根も壁も床でさえも真っ白な美しい宮殿だ。
 地下から一階に上がれば磨かれた鏡のような床に敷かれた絨毯との白と赤のコントラストに射し込む月光が幻想的ですらあり、こんな状況でなければ砂上の芸術をじっくり見て回りたかったなとモーアンが密かに残念がっていた。

「それにしても、相手を魅了して操る悪魔……このまま対峙して大丈夫なのでしょうか?」
「うん、アマ爺が言ってたよ。きらめきの森やディフェットの時のようにある程度なら“聖なる種子”が守ってくれるってさ。それに、万が一かかっても解除できるはずだ」

 この前ディフェットのお城に潜入する時に門番さんを元に戻せたからね、と付け足してモーアンはエイミの疑問に答えた。
 きらめきの森では瘴気を、ディフェットでは不信感を煽る呪いを。
 強力なものを完全に防ぐのは難しいけれど、弱いものなら無効化してくれるし通常よりは耐性がある、ということらしい。
 いざラーラと戦う時に誰かが操られては困る。慎重なモーアンは精霊たちに事前に確認していたのだ。

「……しっかし、いくら夜とはいえ誰もいねぇな。警備の兵士ぐらいは歩いてると思ったんだけど」
『ちょっと不自然なくらい静かよね……地下牢以外に誰かいないの?』

 きょろきょろと辺りを見回しても、巡回する兵士の姿はない。
 一気にラーラに近づく好機ではあるのだが、素直に飛び込むのは憚られる不気味さがあった。

「罠だと言うのなら構わないさ。そもそもが人智を超えた存在を相手にしているのだから」
「同感です。危険は承知の上……ですね」

 レーゲン王子の言葉に頷きながら、エイミはいつでも攻撃に対処できるよう前に出た。

「わぁ、ふたりともダイタン……そういうメンタル、案外義賊向きだよ」
「王子様とか竜騎士の義賊ってちょっと絵本や小説みたいでカッコいいなぁ……仮面なんかつけちゃったりして」
『そんなコト言ってる場合?』

 呑気におしゃべりしながら進んで大丈夫なのだろうかとミューが呆れ顔をする。
 そんな彼女に、先を歩いていた王子が振り返った。

「恐らくだが、とっくに気づかれているだろう」
「ええ。この宮殿に足を踏み入れてからか、或いはミズベリアに着いた時からか……敢えて人払いをして、こちらを誘っている可能性が高いです」

 或いは、何者が侵入しようと問題にも思っていないか……そこまで考えて、エイミは自国を襲った魔族の余裕に満ちた態度を思い出した。
 悪魔や魔族からすればこの世界に暮らすヒトは劣った存在で、ただ搾取するだけの対象としか見ていないのかもしれない。

「思い上がった、傲慢な考えだわ」

 最後に小さく、吐き捨てるように呟いて。
 二階への階段をキッと睨み上げる蒼穹の瞳は、彼女が持つ槍の穂先のように鋭く研ぎ澄まされていた。
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