1:都の玄関口

 寄せては返す波の調べを近くに聴く港町リプルスーズ。晴天に恵まれ穏やかな風が吹くこの日、一隻の船が到着した。
 中央大陸の南方に位置するこの町は、多くの人が訪れる信仰都市ルクシアルへの玄関口とも呼ばれ、各大陸間との定期船が頻繁に出入りしている。
 この時、ほぼ同時刻。定期船の到着時間が重なり、港は人で賑わっていた。

「すごい……人がいっぱいね」

 リプルスーズに降り立った瞬間、感嘆の声をあげる少女がいた。
 海の青より淡い水色の長い髪を風に靡かせ、空と同じ色をした瞳をぱちくりと瞬かせる無垢で無邪気な驚きは、十七歳という年相応のもので。
 それもそのはず、北大陸の極寒の山奥にあるドラゴニカ城で人生の大半を過ごしてきた王女・エルミナには温暖な中央大陸で見るもの全てが新鮮だったのだ。

「あのお店の果物、グリングランのものとも違うわ。色鮮やかでキラキラしてる……」

 ふもとの村からすぐに最寄りの港へ行ったため立ち寄らなかったが、ドラゴニカの隣国グリングランは食糧が豊富で、城に届けられる野菜や果物もいろいろな種類を目にすることができた。
 けれどもリプルスーズの店頭に並ぶそれらはエルミナも全く知らない色形をしている。
 その他織物や工芸品など物珍しい商品が売られ、活気溢れる市場は少女に改めて旅立ちの実感を覚えさせた。

「本当に……大陸の外に出たのね」

 魔族に襲われ、奪われたドラゴニカの城。安否もわからない姉や仲間たちを想うと、エルミナの胸が痛む。
 そんな時だった。

「ホントだ……さすが都会の港町、見たことないもんがいっぱいだなぁ」
「えっ?」

 横から進み出る形で現れた青年が、エルミナの言葉に同意しながら辺りを見回した。
 肩くらいまでの黒鳶色の髪を瞳と同じ紺桔梗の紙紐で高く結って、鍛えた体を道着のような装束で包んだ同年代くらいの青年。キリッとした眉と目元が印象的だが、今はその目を新世界への感動に輝かせている。

「あ、あの、」
「きみ、ドラゴニカの竜騎士だろ。オレはグリングランから来たんだよ」
「ええっと……」

 爽やかに親しげに笑いかける青年は、悪い人間には見えない。けれどもエルミナはあまりドラゴニカ以外の人に慣れておらず、戸惑いながら後退りしてしまう。
 その瞬間、ひゅっと空飛ぶ太った蛇……ではなく、小さな竜がふたりの間に割り込んだ。

『なによアンタ、ナンパよ! チカンよ! もー早く行きましょ!』
「うおっ!?」
「あっ、ちょっとミュー! ご、ごめんなさい!」

 突然の甲高い声に青年が面食らい、仰け反った隙にミューはさっさと町中へ飛んでいってしまう。
 手のひらに乗るほどの大きさの竜が人混みに紛れたら、探すのは大変だろう。エルミナは青年にぺこりと一礼して、慌ててミューの後を追いかけた。

「行っちまった……なんだよ、ナンパだのチカンだのと、ひでえなぁ」

 残された青年はわしわしと乱雑に頭を搔き、不本意そうに口を尖らせる。

「……それにしても、あの子は……」

 少女の後ろ姿に揺れる白いリボンと、長い水色の髪。
 そして可憐な見た目に似合わない、背に携えた槍を心に焼きつけて……
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