18:砂漠の地へ
「うあぁー緊張したぜー」
「とんでもない物も戴いちゃったしね」
王からの「またいつでも来てくれ」という言葉で締め括られた謁見が終わり、町に出た途端に脱力するフォンド。
『ここを発つ前に結界を直していった方が良いのう。悪魔はそこから侵入したようじゃから』
「わたし、ちょっと行ってきますね」
あ、と思い出して広場に設置された女神像のもとへ向かったエイミは、光精霊と共に結界の修復を始めたようだ。
モーアンはそんな彼女を見送ると、ディフェットの国宝だというリュックを背負い直し、困ったように笑った。
「お、ホントに軽いなぁこれ。後で荷物をまとめようっと」
敵陣のど真ん中に突っ込む前衛のふたりに持たせたら危険なだけではなく、動きの妨げになってしまうだろうとの判断で、荷物持ちは彼の担当となった。
体力には自信がなかったのだが、実際に持ってみると羽根のように軽い。もしかしたらあちこちに刻まれた紋様が何らかの術式になっているのかもしれない。
「オイ、あまり粗末に扱うなよ」
「はは、わかっているとも」
宿に着いたらちょっと調べてみようかな……などと考えていたところ、ディフェット国の忠実な騎士であるシグルスに睨まれ、モーアンは肩をすくめた。
「しかしまあ、せっかく帰ってきたのにまた行っちまうなんてな。国も元に戻ったってのに」
寂しくなるぜ、とブルック。
悪魔の術中にあったディフェットでひとり持ち堪えていた彼にとって、ずっと心配していた部下の帰還がどれほど嬉しかったことだろうか。
シグルスは僅かに唇を引き結ぶと、ブルックから目をそらした。
「俺はあの悪魔をこの手で討ち倒すまで戻るつもりはない。だから、隊長……ディフェットを頼む」
「シグルス……」
しん、としばしの沈黙で時が止まる。
気まずそうにもぞもぞしてから、シグルスは身に着けたフードつきの黒いマントを振り返り、視線を落とした。
「そういえば、脱出する時に借りたこのマント、随分ボロボロになってしまったな」
「なんだ、そんなことか。あげたつもりだからいいって。せっかく新たな旅立ちなんだし、新調するなら出発前に俺が見立ててやろうか?」
「……いや、俺はこれでいい」
そんなやりとりの間に、サニーがするりと割り込んだ。
まだほんの短い付き合いだろう彼女は、シグルスを見上げると白い歯を見せ、にしし、と笑う。
「兄ちゃんやっぱりスナオじゃないよね。実はそのマント気に入ってるんでしょ?」
「!」
「またしばらくのお別れなんだから、隊長さんのウチでゆっくりしてきなよ。そんじゃアタシとレインは宿屋行ってるねー!」
「わっ、サニー!?」
シグルスが何か言う前に、サニーはレーゲン王子の手を掴んで走り去ってしまう。
その手際の鮮やかさたるや、腕の良い義賊というのはどうやら間違いではなさそうだ。
ちょうどそこに戻ってきたエイミが、去ったばかりの嵐を振り返る。
「いま、レインって……レーゲン王子じゃないんですか?」
「王子が旅の間使っていた偽名だそうだ。ったく、あのチビ……」
「ぎ、偽名……ですか」
王族で偽名。同じく偽名を名乗っているエイミは一瞬どきりとしたが、慌てて取り繕う。
「じゃあ出発は明日の朝でいいかい? 旅の準備もあることだし」
「ああ。砂漠行きの準備はしっかりした方がいい」
ディフェットは草原地帯で気候も穏やかだが、ミズベリアの周辺は火の精霊の影響を色濃く受ける過酷な砂漠地帯だ。
「水に食糧、砂漠用の外套や服も必要だなぁ……」
「よし、それじゃあまずは買い物だな。店に案内しよう」
ブルックが言うには、ミズベリアの隣国であるディフェットの店では、そういった商品はひと通り置いてあるのだそうだ。
さっそくリュックが大活躍しそうだ、とモーアンはしみじみ呟いた。
「とんでもない物も戴いちゃったしね」
王からの「またいつでも来てくれ」という言葉で締め括られた謁見が終わり、町に出た途端に脱力するフォンド。
『ここを発つ前に結界を直していった方が良いのう。悪魔はそこから侵入したようじゃから』
「わたし、ちょっと行ってきますね」
あ、と思い出して広場に設置された女神像のもとへ向かったエイミは、光精霊と共に結界の修復を始めたようだ。
モーアンはそんな彼女を見送ると、ディフェットの国宝だというリュックを背負い直し、困ったように笑った。
「お、ホントに軽いなぁこれ。後で荷物をまとめようっと」
敵陣のど真ん中に突っ込む前衛のふたりに持たせたら危険なだけではなく、動きの妨げになってしまうだろうとの判断で、荷物持ちは彼の担当となった。
体力には自信がなかったのだが、実際に持ってみると羽根のように軽い。もしかしたらあちこちに刻まれた紋様が何らかの術式になっているのかもしれない。
「オイ、あまり粗末に扱うなよ」
「はは、わかっているとも」
宿に着いたらちょっと調べてみようかな……などと考えていたところ、ディフェット国の忠実な騎士であるシグルスに睨まれ、モーアンは肩をすくめた。
「しかしまあ、せっかく帰ってきたのにまた行っちまうなんてな。国も元に戻ったってのに」
寂しくなるぜ、とブルック。
悪魔の術中にあったディフェットでひとり持ち堪えていた彼にとって、ずっと心配していた部下の帰還がどれほど嬉しかったことだろうか。
シグルスは僅かに唇を引き結ぶと、ブルックから目をそらした。
「俺はあの悪魔をこの手で討ち倒すまで戻るつもりはない。だから、隊長……ディフェットを頼む」
「シグルス……」
しん、としばしの沈黙で時が止まる。
気まずそうにもぞもぞしてから、シグルスは身に着けたフードつきの黒いマントを振り返り、視線を落とした。
「そういえば、脱出する時に借りたこのマント、随分ボロボロになってしまったな」
「なんだ、そんなことか。あげたつもりだからいいって。せっかく新たな旅立ちなんだし、新調するなら出発前に俺が見立ててやろうか?」
「……いや、俺はこれでいい」
そんなやりとりの間に、サニーがするりと割り込んだ。
まだほんの短い付き合いだろう彼女は、シグルスを見上げると白い歯を見せ、にしし、と笑う。
「兄ちゃんやっぱりスナオじゃないよね。実はそのマント気に入ってるんでしょ?」
「!」
「またしばらくのお別れなんだから、隊長さんのウチでゆっくりしてきなよ。そんじゃアタシとレインは宿屋行ってるねー!」
「わっ、サニー!?」
シグルスが何か言う前に、サニーはレーゲン王子の手を掴んで走り去ってしまう。
その手際の鮮やかさたるや、腕の良い義賊というのはどうやら間違いではなさそうだ。
ちょうどそこに戻ってきたエイミが、去ったばかりの嵐を振り返る。
「いま、レインって……レーゲン王子じゃないんですか?」
「王子が旅の間使っていた偽名だそうだ。ったく、あのチビ……」
「ぎ、偽名……ですか」
王族で偽名。同じく偽名を名乗っているエイミは一瞬どきりとしたが、慌てて取り繕う。
「じゃあ出発は明日の朝でいいかい? 旅の準備もあることだし」
「ああ。砂漠行きの準備はしっかりした方がいい」
ディフェットは草原地帯で気候も穏やかだが、ミズベリアの周辺は火の精霊の影響を色濃く受ける過酷な砂漠地帯だ。
「水に食糧、砂漠用の外套や服も必要だなぁ……」
「よし、それじゃあまずは買い物だな。店に案内しよう」
ブルックが言うには、ミズベリアの隣国であるディフェットの店では、そういった商品はひと通り置いてあるのだそうだ。
さっそくリュックが大活躍しそうだ、とモーアンはしみじみ呟いた。