17:長き夜が明けて

 翌朝……といってもエイミたちが宿を出たのは昼前のことだった。
 昨日までの陰鬱とした空気はどこかへ消え去っており、広場の花も陽を浴びて宝石を飾り付けたように水滴をきらめかせ、町の人々も当たり前に出歩いている。
 とある民家のそばを通りかかると子供の泣き声が聞こえてきたが、元に戻ってよかったよかったと何度もしきりに言っていて、どうやらこの家の子は術にかかっていなかったようだ。

『嘘みたいに明るい町になったわね』
「違うわ、ミュー。きっと昨日までが“嘘みたい”だったのよ」
「……ふん」

 明るく賑やかなこれが本来のディフェットの城下町。
 当たり前だろう、と腕組みして頷くシグルスもどこか誇らしげで、いろいろあってもこの国が大切だろうことが伝わってきた。

(けど、フードは取らねえんだな……)

 これだけ身を捧げて守ってきた国の、今や英雄とも呼べる者が、マントのフードを深く被っている……フォンドはそこに、なんともいえないもどかしさを感じた。
 グリングランで昔、人々を守るために戦った養父ラファーガは道を歩けば気さくに声をかけられ、歓迎されていたというのに。
 英雄だと胸を張れなくても、せめて顔を隠さないで歩けるようになればいいのに……そう思ってしまうのは、フォンドの素直さゆえ。
 ふと見回せば、掲示板やあちこちにこれ見よがしに貼られていたシグルスの手配書がきれいに剥がされていた。
 もう、隠れなくてもいい。大手を振って歩けるということなのだ。

「……そんな顔で見るな」
「へ?」
「わかりやすいんだ、特にお前は。まったく、お節介どもめ」

 盛大に溜息をつくと、シグルスはフォンドから目をそらす。

「疑いは晴れたみたいだが、この世界の生きづらさは変わらない。慣れているから気にするな」
「けどよぉ……」
「急に手のひら返されてもかえって白々しくて不気味だろ。今はこれでいい」

 そう言って、困惑するフォンドを置いてすたすたと城へ向かうシグルス。

「あれ、照れてるだけだから大丈夫だぜ。お前らのこと結構気に入ってるみたいだな」
「そうなのか?」
「嫌いな奴にわざわざ話しかけないし、言い方もだいぶ柔らかいからな」

 こそっと耳打ちする隊長を、ぎろりと睨む部下。どうやら内容までは聴こえていないが、雰囲気で「余計なことを言っている」となんとなく察したらしい。

(なんか……シグルスの親父みたいだな、ブルックさんって)

 フォンドの脳裏をよぎったのは、ほとんど顔も覚えていない実の父ではなく育ての親ラファーガのこと。
 ラファーガとブルック。それぞれタイプは違うのだが、どちらも見守る姿勢や相手を想っての行動に愛情を感じる。

(親父、元気かな……今頃どこで何をしてるんだろうな……)

 フォンドはふと己の拳に視線を落とし、再確認するように握り締めた。

(この旅でオレは、少しは親父に追いつけたかな……?)

 その答えはきっと、再会を果たした時に知ることになるだろう。
 さまざまな予感に胸をざわつかせながら、フォンドたちはディフェット城へと足を踏み入れた。
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